こちらは過去のお話になります。
記憶を辿って書いているので時間軸が前後する時があります。
すこしじかんがもどります。
夫が合格し、義父の会社を継ぐことが決まり、いろいろなことが一気に動き出しました。
不妊治療に通い始めました。
哲平は義実家のそばで出産したので、自宅のそばの産婦人科に行きました。
今ほど不妊治療という専門分野が確立されていたわけではなく、まず原因は何か……を調べることから始まりました。
同時期、友人は体外受精で1人目を授かっていたので、……まさに最先端でした……私は知識的に甘かったと思います。
哲平をすぐに授かったので、すぐできるはず……と軽く思っていたのかもしれません。
基礎体温をつけ、卵管にガスを通し、排卵誘発剤を飲み、性交後にすぐ受診して精子の量や動きも調べましたが、問題は何も見つかりませんでした。
その後もホルモン治療を続けましたが、将来乳がんになる確率が上がる……と聞いて、夫婦で相談してそこで不妊治療はストップしてしまいました。
2人目が欲しくて夢の中で妊娠する夢を何度も何度も見ました。胎動さえ感じていましたし
朝起きてがっかりして泣くこともありました。
これは実は50代になっても1度夢を見ました。
さすがに泣きはしません。
夢の中で自分は30代だったので、目が覚めて私今50代じゃん!と吹き出してしまいましたが……。
話ずれますが、たまに自分がこれから結婚式を挙げる夢を見て、入るウエディングドレスがなぁーい!![]()
ダイエット間にあわなぁーい!
と目が覚める事があります。![]()
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そんな時は、痩せよ……とおもいます。![]()
一瞬だけですがね……。![]()
話戻して…
一番辛かったのは、同じく2人目不妊で悩んでいた、
哲平の母親学級で仲良くなった友達。
2人目を妊娠の電話が入りました。
よかったねー。![]()
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本当にそう思いました。
私も早く妊娠するといいな……。そう思いました。
けれど、彼女は2人目が妊娠できなくてどんなに辛かったかを話し出しました。
お腹の大きい人を見ては泣いた。
この子に弟妹がいないのは可哀想すぎる…で泣いた。
2人目妊娠の報告をもらうたび泣いた。
本当にほっとしたよぉ……。
……今……私はその辛い時……だよ……![]()
電話のこちら側で、私は実は号泣していました。![]()
嗚咽が漏れそうなのを必死に我慢して。
彼女は気づかないまま電話を切りました。
あの時の自分を褒めてあげたいと思います。
彼女は、普段そんなに無神経ではありません。
多分、嬉しくてほっとした気持ちと、私が2人目をそこまで切望してると思ってなかったのだと思います。
私が泣いていることに気づいたら、彼女は相当凹んだと思います。
義母には、お得意の〇〇〇〇さんが言ってた……を使って、
2人目が出来ないのは太ったせいだと思うから、私なら必死でダイエットして2人目を作るけどなぁ……って、叔母が言ってたわよ。
はいはい。それもあるでしょう……。
でもね、義実家での1ヶ月がトラウマになってることもあるんですよ……あなたは忘れてるかもしれませんが……。![]()
義父にはたびたび、孫が1人しかいないと愚痴をこぼされました。
その度、苦笑いしながら すいません……と答えていました。
ある時、義実家で食事をしている時に、また……
なんたって、僕には孫がたったの1人だからねぇー。
知り合いは何人もの孫に囲まれているのに。
いい加減にしろよ!
俺たちだって2人目が欲しくないわけじゃないんだよ!
欲しくて不妊治療もしたよ!
でもできないんだからしかたないだろ!
後で義母に相当叱られたのか、義父はその後孫が1人の話をしなくなりました。
何が原因だったのか……。
閉経した今、子宮内膜肥厚で、2度掻爬手術をしているので子宮内膜に問題があったのかもしれません。
あの時、もっと大きな病院に行っていれば2人目を授かったのかもしれませんが、これもまた私の運命だと思っています。
1人だからできること……を選んで育てましたが、
親が先に逝ってしまうので、助け合う兄弟がいないことはやはり息子に申し訳なかったな……と思います。
だから、早く自分の家族を持って欲しいのだけど、なかなか……。
姑になる準備はできてるんですけどね。![]()
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