これは過去のお話です。
記憶を辿って書いているので、時間軸が前後します。
哲平はすくすく育ち、私たちが住むエリアの幼稚園に3年保育で入園しました。
幼稚園を盾にして、たびたび義実家に呼び出されても断ることができるようになりました。
そろそろ2人目が欲しいな……。
今なら義実家にまたお世話になるとしても、幼稚園を理由に早めに戻ってこれる……。
でも、なかなか妊娠はしませんでした。
夫はまだ、国家試験に合格していませんでした。
仕事をしながらの片手間ではなかなか難しく。
幼稚園入園した年の試験がダメだった時に、夫は仕事を休職する決断をしました。
共働きの時に、私の給与は全部貯金していたので1000万円以上の預金がありました。
年間300万円使うとして、3年は大丈夫!と夫に言いました。
それでダメなら他の仕事を探そう……と話しました。
朝から、図書館に行き、夜は学校に行き、学校のないときは夜中まで勉強していました。
私は家計を助けるために、午前中〇〇キンの配達をしました。
裕福ではなかったけど、ママ友もたくさんいたし、
息子も友達がたくさんいたし。充実してました。
なにより、この時期義実家に呼び出されることも少なかったし……。
2年後、夫は無事に合格しました。
義実家で合格祝いの席がありました。
叔父叔母たちも来てお祝いをしてくれました。
そこでの挨拶で夫は
一番感謝したいのは支えてくれた家族である、うたと哲平。ありがとう。
ここに義父母の名前は上がらなかったです。
夫の言葉に深い意味はないのですが、家族は3人と言ったことが私は嬉しかったです。
義父母の顔は見れませんでしたが……。![]()
これで夫は義父の会社を継ぐことが決定しました。