いい人生でした。

 

まだ終わる予定はないのですが、近いうちに終われたらとは思います。

特に理由はありません。家族とは仲が良いですし、友達も少ないですがおります。

 

少し長くなりますが、遺書のようなものです。気が向いたら更新します。

 

私は自分がよくわかりません。他人などというものはもっとわかりません。

ですが、きっと自分は世間一般の生き方はできないのだと思っております。

世間一般というと少々ステレオタイプな生き方が浮かんでしまいますが。

 

自分は、しがない東京の人間です。

生まれも育ちも東京で、生まれで苦労したことはございません。

 

しかし、中学生のとき学校に行けなくなりました。

いじめられていた訳ではありません。友達がいなかった訳でもありません。

 

きっかけは冬の持久走でした。しょうもないとは思いつつ、嘘ばかりの人生でしたので、ここだけは自分を偽りたくないので素直に書きます。

 

私は持久走が大の苦手でした。思えば、普通の人よりも肺活量が乏しかったようなので当然といえば当然でした。

 

本当に苦しくて、嫌でした。考えた末、体育がある日だけ休んでしまおうと思ったのです。

持久走があるのは1年のうち冬だけでした。なので、冬は1週間に2回ほど学校を休むことになりますね。

 

休んだ日は、ネットでできた友達とゲームをして過ごしておりました。

両親は仕事でおらず、学校がある日はそんなにゲームができなかったのでとても楽しい日々でした。

 

学校の課題もろくにやらず、勉強もしませんでした。ゲームができない時間は寝たり、YouTubeで動画を見ておりました。

思えば、このころから漠然と「死にたい」と思っていました。

 

そして、いろんなことに対する意欲がなくなっていきました。

まず、部活に行かなくなりました。

行かなくなった約1年後、正式に退部しました。

 

勉強はもちろん、何もしたくないと思っていました。それは今も変わりませんが。

 

塾に入れてもらっても行きませんでした。真冬の夜、家を出て塾に行かず凍えながら公園のベンチに座って親とLINEしたことを覚えています。

 

高校生になってアルバイトをはじめても3ヶ月ともちませんでした。

 

あんまりにも何も続かないので病気なのではと思いました。

何に対しても意欲がなく、生きていたくないと毎日のように布団の中で泣く日々でした。

 

きっとこのころから、病院へ行くべきだったのでしょう。

「普通」から離れるのが嫌で、拒んでいましたが今となっては後悔しています。

 

今も、毎日のように布団で泣く毎日です。