8.15  早実の猛攻に沸く甲子園「紺碧の空」を何十回も聞く | 短歌&野球

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ぼくのへたくそな短歌と、大好きなプロ野球についての感想を、日記形式でつづります。ぼくの個人的な経験も書いてしまうかもしれません。

♪紺碧の空 仰ぐ日輪

光輝あまねき 伝統のもと

  すぐりし精鋭 闘志は燃えて

  理想の王座を 占むる者われら

     早稲田 早稲田

     覇者 覇者 早稲田



仕事がたまっているとゆうのに、きのうは早実vs中京の試合だとゆうので、見てしまった。

中京は「名門中の名門」であるし、昨夏の「覇者」である。早実に勝機があるのかなと思っていたが、1回表の早実の猛攻、7点で試合は決まってしまった。


全国大会の2回戦とは思えないワンサイドゲーム(21-6)になってしまった。中京は今大会屈指の好投手・岩本を擁する南陽工を破っての2回戦だよね、ちせちゃん。


でも、甲子園三塁側スタンドでは「紺碧の空」がずっと奏でられ、歌われていた。よくできた応援歌なので、テレビ観戦してた人は耳に届いていたかと思う。でも、歌詞をすべて聞き取ることはむずかしかったでしょう。なので、歌詞を上に載せておいたよ。


これは早稲田大学応援歌で、1931年(S6)から歌われている。


昭和初期は神宮での6大学野球が、庶民にとっても最大の娯楽だった。プロ野球はまだない。

そしてこの時期、慶応がやたらと強かった。早稲田を圧倒していた。


慶応では四国高松からきた宮武三郎がエースで長距離ヒッターでもあった。高松商の後輩でもある水原茂が投手兼三塁手で人気を博していた。(二人ともプロ野球草創期に選手兼指導者として参加している。水原は戦後「虚陣」監督として黄金時代をになった)


慶応の躍進の原動力になっていたのが昭和2年(芥川龍之介が自殺した年だね。話があちこちしてスマン)に発表された慶応義塾応援歌「若き血」である、と早稲田側は考えた。「若き血」は今も慶応系の学校では歌われているが(数年前に慶応高校が甲子園に出たときも盛んに演奏され、歌われた)、たしかに名曲であり、当時は一世風靡とゆうか全国的に大ヒットしていた。


慶応に勝つには「若き血」に匹敵する応援歌をつくらねばならぬ、と早稲田は考えた。応援部が学内募集した歌詞のなかから選ばれたのが「紺碧の空」であった。作詞者は住 治男とゆう学生だった。

これに曲をつけたのが当時21歳の新進作曲家の古関裕而であった。


昭和6年春のシーズン「早慶戦」でデビューした「紺碧の空」は早稲田を勝利に導いた、と早稲田は考えた。歴史に残る三原脩選手のホームスチールなどで、早稲田は久々に慶応に勝った。


ちなみに、三原脩とは早稲田の二塁手で、その後、プロ野球選手第1号として「虚陣」入団。戦後は「虚陣」監督の座をシベリア帰りの水原茂に奪われ、西鉄ライオンズをひきいて水原読売Gを日本シリーズで3年連続倒したりした(1956~58)。


それでも水原と読売への憎しみはおさまらなかったのか、1960年には毎年最下位の大洋ホエールズ監督となり、「虚陣」を倒し優勝、日本シリーズでも大毎オリオンズ(西本監督の悲劇の始まり)を4タテして日本一になった。「知将」とか「魔術師」と呼ばれた。


早稲田の二塁手とゆうのはプロで活躍した人をその後も何人も輩出している。監督になった人もいる。いまもひとりいる(笑)。


最近では仁志敏久がいる。やはり三原の「血」をひいているのか「虚陣」監督の器かと思われたが、ナベツネによって粛清された。原よりもアタマがよかったためと思われる(笑)。


そして現役ではヒロヤスがいる。ふぅ。やっとヒロヤスまできたよ。「燕の明日をになえ 輝け ヒロヤス♪」


さらにちなみに、「紺碧の空」は大ヒットし、若き作曲家・古関裕而は一躍人気作曲家になる。

5年後、プロ野球が始まるとタイガース応援歌をつくった。それがいまもトラファンども(失礼!)が快感こめて歌う「六甲颪」である。どこか「紺碧の空」に似ているのはしかたない。でも、いい応援歌と思う。


さらに戦後、「虚陣」にも阪神に負けない応援歌をと依頼されて、古関裕而がつくったのが「闘魂こめて」である。曲風はがらりと変わった。恥ずかしながら、ガキのころのぼくは、毎日のようにこの歌を歌ってみずからを励ましていたのであった。


古い話でゴメンネ。

この夏、甲子園であと何十回「紺碧の空」が響き渡るのだろう。

早実、がんばれ!




Swallows、連勝ストップ。一休みして、また連勝だ!


ローテーションの谷間。20歳の赤川が初先発。プロでまだひとつもアウトをとったことがない。タイガースもなめられたもんだ。


赤川君。立派なからだしてるのに、石川マサくらいの球速しか出ない。球種もすくない。ローテ入りはむずかしい。でも初物なので、トラ打線はカンタンにKOするかと思ったら、けっこう打ちあぐねていた。


5回1/3、4失点は、まあまあの初先発だよ。これっきりの投手かもしれないと思うと、「一生の思い出」を20歳でつくれてよかったね、と言いたい。金本、城島と勝負したんだぞって。


赤川君が投げてる間に2,3点取れてたら、11連勝できたと思う。

でも、好調打線にして1点も取れなかった。それだけスタンリッジがよかったわけだ。「虚陣」の投手とは違ってた。


ただ、100球を超えてからはフラフラしてきた。

7回、相川ヒット、宮本四球で、無死1、2塁で降板。川崎に代わり、こっちも代打デントナ。タイムリー2Bで4-1。なお無死2,3塁。投手・西村。代打・ヤスシ。当然のように敬遠して満塁策をとるトラ。


無死満塁である。青木、ヒロヤス、武内の早稲田3兄弟が1,2,3番だ。

ぼくは「紺碧の空」を歌って、大逆転を信じた。


解説の広沢が(この人の解説はけっこうおもろい)「アオキもヒロヤスも意外とチャンスに弱い。だから1,2番を打っている。西村にはこのピンチを乗り切る可能性がある」だって。言われてみればそのとおりかも。「チャンスをつくるのが得意で、ランナーを還すのは不得意」だって。そして、そうなった。


結果としてヒロヤスの犠飛で4-2としただけ。

早稲田トリオの負け、西村の勝ち。これが最後まで尾をひいた。


ホワイトセルのソロHRも出て(なぜソロなのかは早稲田トリオのせい)4-3の1点差で負けた。


連勝は止まった。でも、勢いが止まった、とゆう感じはない。


きょうからまた連勝すればいいのである。