7.25  袋田の滝の雄弁は変わらねど 歩く人なし大子駅前  | 短歌&野球

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ぼくのへたくそな短歌と、大好きなプロ野球についての感想を、日記形式でつづります。ぼくの個人的な経験も書いてしまうかもしれません。

おはようございます。


猛暑のなか、22日~23日、クルマを駆って、ぼくの第二の故郷・茨城を旅してきました。


これで5月「妙高高原」、6月「日光霧降高原」につづいて「毎月温泉」を実行できたのでした。


これはひとえに妻のおかげであります。「city lifeを楽しんでいる」ぼくに、「休みをとりましたから、そろそろ温泉にまいりましょう」と提案してくれる妻でした。「野球はオールスター休みだし」って、ほんとにmy wifeにはアタマがあがりません。はい。運転手いたしますって。


「(常陸大子の)町おこし」をやっているKさんのホテルを「じゃらん」で妻が予約した。



常磐道那珂インターからR118を久慈川沿いに北上。15:00前には袋田に着く。部屋を案内してもらってびっくり。窓の下を久慈川がゆったりと流れている。見上げると水郡線の鉄橋が。深い緑と青い空の間に架かっている。(写真とるの忘れた)


とりあえず「袋田の滝」を見に行く。


短歌&野球この滝を見るのは30年ぶりくらいだ。水戸で仕事をしていた若いころ、東京から遊びに来た友人たちを案内したものだ。


この滝は「4度の滝」ともいわれる。4段階に落ちる(ぼくの写真では3段にしか見えないが、この下にもう1段の滝がある)からとゆう説がある。


弘法大師があまりの景観に4度振り返ったからとゆう説もある。



短歌&野球 いちばん支持されているのは「この滝のすばらしさは、春の新緑、夏の水量、秋の紅葉、冬の氷結と、年に4度見に来なければわからない」とゆう説。これは「地元による地元のための地元主義」からきていると思われる(笑)。


でも、母が70歳のころ凍りついた滝を見せたとき「茨城にもこんなところがあるのね」と感じ入っていたことを思い出す。そのとき凍った滝をロック・クライマーたちがよじ登っていた。


たしかに年に4度見て欲しい、と水戸で7年若き日を過ごしたぼくは「地元びいき」でそう思う。


それから大子町の市街を一回りしてみたが、ひとことでいえば「地方の疲弊」とよく言われる言葉を痛感した。「観光の街・大子」のはずが、ゴーストタウンのようである。「常陸大子」駅前のシャッターの下りたファッションショップにクルマをとめてタバコ屋に入った。「こんにちは」と何度も声をかけるが反応がない。「タバコください!」と怒鳴ってみても「暖簾に腕押し」とはこのことかよとガックリ。エクストラライト一箱をいただき、そこに1000円札を置いて出てきた。なんか悲しかった。


宿に17:00過ぎに戻った。駐車場には何台もクルマが入っていない。

平日とはいえ夏休みである。ありえねえ、と思った。でも、これが観光・茨城の現実と知った。


すばらしい岩風呂に入る。男湯はぼくひとりだ。「YOU?」と声かける。

「はい」と妻の声。女湯もひとりなのだ。「緑も深き若葉の里 ナザレの村よ なが巷を 貧しく低きたくみ(大工)として 育ちたまいし人を知るや」とゆう讃美歌をくちずさむと、妻がハモってくれた。でも、ぼくのこころは寂しかった。


ゴーっとゆう電車の音がして「おい、くるぞ」「はい」。

鉄橋を2両編成の水郡線の電車が渡っていく。銀色の玩具のようだった。「よかったですね」と妻がゆう。「うん」。「緑の山手線や黄色の総武線の”戦力外車両”じゃなくて」。「うん」。


たしかに旅でローカル線に乗ったり見たりするとき、首都圏を走りまくって金属(勤続)疲労で”戦力外”になった車両が”酷使”されてるのを見ると「地方競馬でも、がんばれよ」とか痛々しくもエール交換するぼくもいる。でも同時に「おまえら、地方をなめてるんじゃねえのか」とゆう憤りも感じる。よくわからんよ。


夕食はうまかった。「豪華ではありません」と「じゃらん」にはコメントしてあったらしい。「地元でとれたものを」って。常陸牛の鍋、アユ、さしみこんにゃく、納豆、それでいいじゃないか。でも、マグロのさしみとか、いろいろ「余計なもの」もついてたね。観光客向けビジネスか。


朝はKさんに聞いて「関鉄之介の歌碑を見て帰りたい」とゆう思いを果たした。「歴女」の方は絶対、袋田にきて味わっていただきたい「関鉄之介」です。


関鉄之介について薀蓄してる暇がないのですが、「桜田門外の変」の首謀者であり実行隊長でありました。いわば「明治維新の青木宣親」でありました。


決行後も生き延びてこの袋田に潜伏しました。彼を支える袋田の人々がいたのです。でも、幕府や水戸藩の追及は激しく、彼は越後に逃げます。そして湯沢温泉で捕縛されました。そして水戸藩の管理下におかれるとゆうのが悲しいです。決行後、2年で彼は江戸小伝馬町の牢獄で処刑されます。


通いなれた常磐道で帰るのはやめようとゆうことで、R118を福島県内に奥深く入り、日本の田舎の落ち込みを実感しました。でも、田んぼは豊かに育っていました。矢吹インターから東北自動車道に乗り、那須高原SAで一服し、昼飯を(したのは妻だけ。ぼくは猛暑でアウト)して、あとは走り15:00には自宅に帰った。


「ゆうゆうと旅ができて東北の一部にもふれていい旅ありがとう」と妻がゆったので、安堵してダウンでした。


オールスター戦ってなんなの?

いちおう2戦とも10ちゃんで見てはいたよ。


それどころではないペナントレースの真っ最中に。これはみんなつらいことだね。


「スター」に選出されなかった「イマイチ」選手が後半戦に向けて、自分を立て直すときなので、そっちのほうが気になる。


「スター」たちは自分の好調を維持するために怪我しないように頑張る。「1対1」の対決シーンとかはおもしろい。でも「情報収集」のほうが大切とゆう空気も伝わってくる。


もう、オールスターを超えてるなと思うのはダルビッシュの「新カットボール」宣言であった。彼はこのオールスター戦の「話題」を提供しようと思ったのだから、もう、その「新魔球」が話題の中心となるオールスター戦だった。


Gの阿部がゆう。解説の古田がゆう。みんながゆう。「あのタマは左打者は打てません」。でもそのあとのストレートを阿部はヒットしてMVPになった。


プロ野球ファンのみなさん。それがなんなの?


ダルとゆう人は「ハム」とか「パ・リーグ」とか「日本」とかにこだわらないところが「スター以上のスター」なんですが、「新魔球」を受けたのは鶴ちゃんじゃなくて楽天の嶋なんですね。それもすごいんです。ダルが信頼してる捕手は嶋なのかと思わせられます。


でも、嶋に対して「こうゆうタマを投げたい」とゆう説明はしたと思いますが(そうでなければ嶋は捕れません)、やはり嶋は「敵」です。「話題」を提供しそれらしきタマを投げたが、それだけです。嶋とゆうキャッチャーを彼が評価していることはわかりますが、「勝負球」には使っていない。

今後、鶴ちゃんとの間で精度を高めてゆくのでしょう。


そんな「新魔球」の「話題」しかなかったじゃないですか。今年のオールスター。


ツバメ的に言えば、アオキの活躍はうれしかったよ。

でも、それ以上に、小川さんがオールスターのベンチにいたことが、彼の後半戦になにかとヒントを与えただろうことがうれしかったな。


申し訳ありませんが。

ぼくのこのブログは、これからも少しずつ更新していきますが、コメントをくださる方は限られていますし、なんか違ったかなとゆう思いです。「ペタ」をくれる方は多いです。毎度ありがとうございます。でも、「ペタ返し」をしながらみなさんのブログをちゃんと読むんですよ、するとほとんどぼくが「感動」できることは書いてないです。申し訳ありません。「ぺタ」くださっても、もう丁寧に読んで「ぺタ返し」することは時間的に不可能とゆわざるをえません。


「ぺタ」したのにぼくからの「ぺタ返し」がないとゆうかたは、自分のブログってナンだったのか、考え直してください。


こうゆう自分の記事を書く時間より「ぺタ」くれた方の記事を読む時間のほうが多くて、そしておもしろくなくて、自分とみなさんへの警告①です。