最初にキャッチボールをしたのはだれでしょう?
それはベースボールのタマをやりとりしたよりずっと昔のことだろう。
リンゴの実を投げて捕って投げ返した少年たちはニュートンの時代にもいただろう。
そう考えると、最初の人間であるアダムくんとイブさんが、エデンの園で知恵の木の実を投げっこして遊んだのが、キャッチボールの始まりではないか、と。蛇に遊び方を教えてもらってね。
数え切れないくらい多くの人間がキャッチボールをしてオトナになった。そういえばこのごろキャッチボールをする少年とか父子とゆうのを見かけない。コミュニケーションの問題として、とても心配である。
野球の歴史もだいぶ長くなった。数々のプレイヤーが現れて、消えていった。そのなかでタマを捕るのと投げるのが、つまりキャッチボールがいちばんうまかったのはだれでしょう?
すごいタマを投げるのはピッチャーだけど、正確な捕球と送球とゆう意味ではキャッチャーでしょう。
そしてもはや伝説的なキャッチャーとなった古田敦也でしょう。
引退後の古田の2冊目の本は、『「優柔決断」のすすめ』。PHP新書 税別700円
「優柔」とは、その場その場で「柔軟」に情報を採り入れていくということ。たとえば、一つの情報を得て満足するのではなく、」違う方法も試してみる、人のアドバイスも聞いてみるなど、何かに凝り固まらず、こだわらない、フレキシブルな情報収集のあり方。読んで字の如く「優れた柔軟さ」と解釈してみたらどうでしょう。
はじめに、で古田はこう言っている。そして「もちろん、そのあとに続くのは『不断』ではなく『決断』。・・・ぼくが考える『優柔決断』は、柔軟に情報を収集したうえで、最終的にそれを活かした『決断』をしっかりするということ。いよいよ最後となれば、『やってみなきゃわからない』。そこまできたら、あとはとにかく『やる』勇気をもつことなんです」と。
古田とゆう男は長い捕手生活を通じて、こんなふうに考えるようになったのだな、と納得させられる言葉である。
この本は前著が「捕手論」であったのに対し、○○論とひとことでくくれる本ではない。監督論でも、選手論でも、チーム編成論でも、技術論でも、人生論でもない。それらすべてを横断した「いま、古田が考えていること」である。
随所に野村監督の言葉が引かれる。古田にとって監督とはいまだにノムさんのことなのだ。彼のアタマに叩き込まれたノムさんの言葉を、彼は鵜呑みにするのではなく、自分の言葉に置き換えて咀嚼し噛み砕いて説明する。その意味でこの本は「野村解釈本」でもあるのだ。
ノムさんの新刊では、楽天球団は自分をクビにしたあとすぐ古田監督ではまずいから、ブラウンに1,2年やらして、どうせBクラスだろうから、そのあと古田と考えているんだろう、とゆう意味のことが書かれていたが、そんな動きがあるんだろうか?
いずれにせよ、古田敦也は球界の宝物である。
民主党から出馬なんてことだけはやめていただきたい。
ユニフォーム姿を見せて欲しい。