「たとえば、リンカーンのあとの大統領もケネディのあとの大統領も、ジョンソンという名前でした。暗殺した犯人にも共通点があります。リンカーンを殺した犯人は、劇場で撃って倉庫に逃げ込みました。ケネディを殺した犯人は倉庫で撃って劇場に逃げ込んでいます。さらに、リンカーンの秘書の名前はケネディで、ケネディの秘書の名前はリンカーンでした」
船井幸雄とゆうオジイサンの本の校閲をしました。日曜の夜、徹夜して月曜の朝6時に、自分としては納得行くところまで、いろいろ調べ上げて切り上げました。
その本の一節です。だれでもビックリしちゃいます。このオジイサンはこうゆう不思議なことをいっぱい知ってて、ぼくも話のネタにできるので大好きです。それで「歴史はいろいろ繰り返しながら、相似している。そしてだんだんよくなっている」とか語りだすんですな。コロッと説得されちゃいますよね。
たしかに船井さんの歴史と世界の現状と未来を見据える眼は、驚くほど的確です。ファンも多いです。まあ、ぼくもファンの一人です。でも、「聖書の暗号」とか神秘的なことをマジに語りだされると、ぼくは困ってしまいます。「霊的な現象」すべてを、ぼくは否定するわけではありません。どころか不思議大好きです。ただ、それを「私が解明した」といわれると、その人は「新興宗教の教祖様」に見えてきます。そこが困ります。
不思議は不思議にとどめておくこと、も大切なんじゃないかなと。わからないことは、ムリヤリ解明しないで、わからないよね、としておくこと。
そして、不思議にたよらないで、自分のアタマで考えつくすこと。自分のアタマは不思議だといったら、対等な議論ができなくなりますから。
聖書の暗号などといわなくても、聖書には不思議なことがいっぱい書いてあります。昔の人が書いたものですから、どう読んでどう解釈すればいいのか、いくら学習してもよくわかりません。実感です。クリスマスはとくに不思議です。クリスマス物語の記事がとゆうより(処女マリアからイエスが生まれたとか)、イエスが人間の歴史の中に登場して死刑になってしまった、そのイエスの言ったこと行ったことが不思議でならない、とゆうのが今のぼくの感じ方ですね。2000年も前の人物ですけど。
船井本のゲラを月曜の朝6時にクリア? したぼくは2時間ほど仮眠して、そのゲラを11時までに校了場所である本郷1丁目の某オフィスに届ける約束でしたから、早めに出て10時20分ころに手渡しました。地下鉄後楽園で降りて、れきせん公園のわきを通って(こないだ文京シビックホールにきたばっかりだな、とか思いつつ)、信号を渡り、春日通りをトボトボ歩き白山通りを渡ると、もう本郷でした。後楽園まで戻るのは芸がないと思い、春日通りをちょっと先に歩くと中仙道にぶつかります。そこはなつかしい本郷3丁目交差点です。なつかしいって、ぼくが本郷の学生であったとゆうわけではありませんが、東大闘争のころがなつかしい。「本郷も かねやすまでは 江戸の内」の句碑のほうがなつかしい、かな。そこを右に折れて、丸の内線本郷3丁目駅前の「ドトール」にはいる。
そこでさっそく次の仕事にとりかかるぼくです。梓林太郎の山岳ミステリ。上高地、安曇野が舞台だ。いろんな情景や安曇野に住む友人のことなど思い出しながら、読み進めます。つらい。眠い。ぼくは山男ではないのですが、ミステリのおかげで、あのへんの山のことはアタマに入っているんです。でも心して読む。正午になって込み始めたので出る。
こないだみたいに山手線グルグルで仮眠しようかと思ったが足は池袋に向かいます。新文芸座で映画見ながら仮眠しようと思って、その場に行くと片岡千恵蔵(これでいいんだっけ?)の映画なのでつまらないと入らなかった。このへんが矛盾しているのです。仮眠したいなら、つまらなくてちょうどいいはずなのに、ね。
ふと、この先に姉のオフィスがあることを思い出しました。ひさしぶりに訪ねてみようかと。電話すると姉が出た。「おいでおいで」とゆう。「マナもいるか」ときくと「いる」とゆう。マナとゆうのは姉の娘でぼくの最初のメイ。ああ、ぼくはこのメイにあいたくなったのだ、とそのときに気づいた。「そこにはいま何人いるの、なんか買っていくよ」というと「あんたを入れて7人」だと。コンビニで
アイスクリームじゃなくてもう少し安い洋菓子(あれなんてゆうの? プリンみたいのとかモンブランもどきみたいの)を7個買い、何年ぶりかでの訪問となりました。
10日ほど前か、そのメイから電話があって「Uちゃんに報告しなければならないことがある」とゆうので「子どもができた、とか?」と返すと「えっ、どーしてわかんの、そうなのよ」とゆうことでした。「それはやったね」「そうなのよ、だからクリスマスやってね」とゆうことなのでした。「いやあ、ほんとにクリスマスだ。やろうやろう」で、26日(土)にファミリークリスマス会をやることに二人で決めてしまいました。
ぼくの母の始めたファミリークリスマスはもう50年以上前から続いている。姪たちは孫として生まれた年から参加しているわけだ。母が亡くなったあとも毎年、ぼくの家に集まってやってはいた。でも、仕事を終えて夜遅くに「乾杯」プレゼント交換という感じだったから「これからはオトナの都合で集まるんじゃなくて、小さい子どもを中心に考えようね」とゆう話になった。甥っ子の子たちも夜中までつき合わせてかわいそうだった。クリスマスは子どもの日だよね、とゆうことで6時には始めようとゆうことになった。
その前に、メイの顔をみたくなったらしい。仮眠などできるわけがありません。出産予定は来年6月1日。
無事に生まれるといいなあ。そのときスワローズが首位にいるともっといいなあ。
生まれてくる子の「名前を考えて」と言われた。そういえば「マナ」とゆう名前を考えて提案したのも、ぼくだったのでした。感慨深いものがあります。