8.8  警官に遺体見つけられた麗姉さん「すこし愛してなが~く愛して」 | 短歌&野球

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ぼくのへたくそな短歌と、大好きなプロ野球についての感想を、日記形式でつづります。ぼくの個人的な経験も書いてしまうかもしれません。

大原麗子がギラン・バレー症候群(運動神経の障害で手足に力が入らなくなる)とゆう難病で長く苦しんでいたことは知っていた。仕事を全然しなくなったことも。


数日前から電話をしても通じないと、弟が警察に連絡、警官が部屋に入って見ると、麗子姉さんはベッドに横たわったまま、死んでいた。死後2週間以上経過していたとみられる。…とゆうことは、あの美しいお顔はすでに腐乱していたのでは。


孤独死、とゆう。

こうゆう死に方があるのだな、とゆうことは昨年のイブの飯島愛のときも感じていた。


先日ぼくが葬儀をおこなったF先輩の90歳の母親のときも、そうだった。

おばあちゃんは1ヶ月前までボケもなく、ふつうの日常生活、しかも独り暮らしをしていた。


死期が近いと悟ったおばあちゃんは、家の鍵を中から閉め、床に就き、死が静かに訪れるのを待っていたようだ。


新聞受けに3日分の新聞がたまっているのを見た近所の人が、玄関ドアを激しくたたいても、電話をしても応答がない。


ご近所の方はいよいよ心配になり、ハシゴをかけて2階の窓から家に入った。

すると、おばあちゃんは、布団の上に正座して「大変お世話になりました」「もうだいじょうぶですから」と挨拶したそうです。


その2日後、近所の方から連絡を受けた甥子さんが、やはり電話しても出ないし、ドアをたたいても起きてこないので、はしごかで2階から入って、衰弱著しいおばあちゃんを、救急車で入院させました。


そして1ヶ月の入院生活をして、おばあちゃんは静かに息を引き取りました。


ぼくは「孤独死」とゆうのは「自殺」とは、ぜんぜん違うと思いました。身近の忙しいひとたちに「わたしは死にそうだ」と連絡して、その人たちをまきこんで大騒ぎさせるのを好まなかった。騒いでも騒がなくても、話題になってもならなくても、どうでもいい。だれにも知られず、ひとりで静かに死んでいきたい、とゆうのは、生きるものの本能ではないだろうか。


そんなことを、あの「昭和の美女」大原麗子姉さんの死に接して思うのでござる。



惨敗ではある。しかし、希望を残した負け方でござった。

館山が立ち上がりに4点取られては、勝負になりませぬ。



短歌&野球 読売にビビッて、何がエースかね。


金田正一とゆうスワローズの大先輩を知っているかい。


すごいタマを投げたけど、ほんとにすごいのは度胸だった。


まだ話はできると思う。


金田氏に「打線の援護がなくても、強いチームと戦うエースの心がまえについて教えてください」と聞きに行くといい。


きっと快く何かを示唆してくれるだろう。


それができなければ、来週、ハマの番長に聞けばいい。


「ハーラーダービーをいくボクがどうして絶対的エースといわれないで、あなたがそう言われるのはなぜですか」って。


けっきょく、6回もたなかったね。


スワローズ投手に言えることは、「向かっていく」気迫のないことだ。


荒木がいけないのかもしれない。



でも、川本の満塁アーチもあり、抵抗を示したのはよかったよ。Gもビビッたからね。


10-7の敗戦は、明日につなげる夢がある、とゆう意味では、いい負け方であったと思うなり。