土曜日(13日)はユウキががんばり、投手リレーで3-1と抑え込んだ。ぼくはスターホテル横浜にチェックインしてお茶したときに、それを知って喜んだ。![]()
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日曜日は東京へ向かう特急・渋谷行きの車内で、ツバメ打線がなかなかつながらないねえと心配していたのを一挙に解決するような、5回の攻撃を知った。青木の四球を挟んで11打数連続安打の10得点。![]()
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読売Gがホークスに連敗してゲーム差は3となった。状態がいいとは言えないGをここでとらえたい。1勝4敗と負けている直接対決が交流戦終了とともに待っている。
13日は、妻と娘と3人で横浜に向かった。池袋から湘南・新宿ライン。横浜で乗り換えて石川町へ。4年ぶりの横浜だ。ハマスタでベイ対スワのデーゲームを見て、ローヤルウィングで港内めぐりのクルージングでディナーもして、コンチネンタルホテルに泊まった。あそこのBarは好きだった。
それから伊豆に行ったのだった。
今回は、甥っ子の結婚式なのだった。今回はベイスターズは仙台でノム楽天と戦っており(連敗したのだ)、さみしい横浜行きとなった。石川町駅からハマスタの方へ歩き出すと「そっちじゃないよ、パパ」と花子に言われ、
を拾って結婚式の行われるカトリック山手教会に向かった。
新婦は横浜育ちなのだった。母親がここの信徒とゆうことでここで挙式となった。
ぼくはカトリックの結婚式に出るのは初めてだったので、興味があった。
甥っ子は神父のもとへ何度か通って、「結婚の秘儀」について講習を受けたのだろう。
「ガリラヤの風薫る丘で」とか、ぼくらの結婚式でも歌う賛美歌が歌われた。![]()
参列者の多くはこんな歌を知らない。聖歌隊のほかに声を出して歌ったのはぼくたち家族のほかには、何人もいなかった。
神父さんのメッセージは毎回同じ話をしているなとわかる、新郎新婦の出会いにまったく取材していない一般的な「愛」のお説教だった。面白おかしいところもあるのだが、あたりまえに「子どもを生む」ことを誓わせていた。これには違和感を持った。「結婚」と「父母になること」はイコールではない。子を生まない、生めない人の結婚を教会は祝福すべきである。
式が終わり、披露宴は5時から場所を替えて、BAYSIDE GARDEN CLUBだった。2時間ほど余裕があったので、ぼくたちは
でスターホテルにチェックインした。山下公園のまん前、氷川丸のまん前だ。グランドホテルの隣り、マリンタワーのすぐそばだ。
みなとみらい線に乗りたかったので、元町・中華街駅から新高島まで乗る。地下鉄なのでがっかり。![]()
親族紹介などあり、披露宴。この結婚式・披露宴の費用はほとんど甥っ子が貯金したもので、両家の親は援助させてもらえなかった、と新郎の母親(妻の妹)から聞いた。さすがはぼくの甥っ子である。
ふたりは28歳。横浜の大学でテニスサークルで知り合った。彼は大手企業に就職した。彼女は市役所に就職した。現在の若者としては、エリートカップルといえる。ふたりの職場の上司や、友人たちのスピーチを聞きながら、彼らは仕事の場所でがんばり信頼されていると感じられた。仕事ってコミュニケーションのことなのだ。
いい夫婦になれよ。新婦のMちゃんに「K介がなにか問題を起こして、それをK介の両親に言えない場合もあるだろう。そのときは、このオジサンにうったえてください」と最後に伝えると「はい、ぜひ、そうさせていただきますと笑って返してくれた。おめでとう。![]()
また、みなとみらい線で元町・中華街駅に戻り山下公園で3人でいろんな話をしていた。
まあ、なんとも美しい新郎新婦であったな、とゆうことだ。K介はJ系だし、Mちゃんはヒトトヨウ的な美人だね。
10時半までやってるとゆうので、マリンタワーにも上ってみた。
横浜の夜景を満喫した。
みんな幸せになれよ。幸せになるのはそんなに難しいことじゃないんだよね。難しいと思っているきみの「不幸好き症候群」とおさらばすればいいんだよ。ぼくはそれをぼくより若い人たちに話しているんです。
スターホテルに戻り、2FのBlue Light Barで飲む。親子3人でBarで飲むなんて初めてだよ。
花は「ゆずハマ」とゆうカクテルを注文する。ぼくたちは4年ぶりのヨコハマだが、花は、仕事でしょっちゅう来ているらしい。妻は「ヨコハマ」「ブルーライト」ときた。つぎは「たそがれ」か「ホテルの小部屋」か、はたまた「街の灯り」かな。
JAZZ PIANO を聴きながら、ぼくはいつもと変わらない山崎12年、ラフロイグ10年・・・・野球Barの3倍のお値段。

