きょうは久々に仕事をしないでいい日だった。
でも、本をせかせか読む(しかも何かに追い立てられているみたいな)姿は同じだから、はたから見たら(妻子ですら)仕事をしているのか、読書をしているのか、判別できないようだ。
仕事が片付いた解放感で気がかりな本を読む。きょうはニーチェの『道徳の系譜』(岩波文庫)。ニーチェの見た19世紀末のドイツの市民社会、それはキリスト教会が市民大衆を自己抑圧(あなたはふつうの市民だけど、神の前では罪人だ、大きな負債を神に返済しなければならない・・・)に追い込んでいる社会だった。そこをニーチェがどのように批判しているのかを再確認したかったのだ。
またその『道徳の系譜』を「現代大衆社会批判」として読んだ内田樹の本『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)も、読み返すことになった。
うん。とてもおもしろかった。自分の考えていることと、百年以上前のドイツでニーチェが考えていたキリスト教とを参照することができた。
それはいまの日本の困った「大衆社会」状況ととても似ているとゆうことがわかった。
人はものごとを「自分で分析・判断」できなくて。19世紀末のドイツでは「牧師」の指示に従った。牧師の指示は「神の意志」であるから、人々は「奴隷」か「子羊」みたいにそれに従順であるしかなかった。
だれかが「右」と言ったら、自分の考えではなく、みんながどう反応するかを見て、「みんなと同じ行動」をするのが「大衆社会」なのだ。
19世紀末ヨーロッパでは「教会」がそうゆう「世論」をリードしていた。
21世紀の日本ではマスコミがその役を果たしている。
麻生が漢字読めないと新聞テレビが騒ぐと、どこに行っても、その話題で「麻生は超エリートだけどオレよりバカだ」と日本中の酒場で盛り上がる。麻生と自民党の支持率ががくんと下がる。
これではまずいと当局は民主党の小沢の秘書を、企業政治献金問題で逮捕、起訴する。「やっぱり小沢は悪だった」とあっというまに小沢と民主党の支持率が下がり、麻生と自民党の株が上がる。
こんなミエミエの権力介入とマスコミ操作にいちころの今の日本人。いや、昔からそうだった。
う~ん。疲れてしまった。仕事でやさしいミステリでも読んで疲れをとりたい。
こうしてぼくは活字と戯れているのである。
一場が壊してしまった。もう先発はない、と高田さん。
きのうのD-S戦は、一場が序盤で2ラン、3ランを浴びて自滅。6-3で負けた。
一場くんてナンなんだろう。タマだけ見るとすごいものがある。
でも実戦のマウンドに立つと打者に甘い声でささやいてしまう。「ここ感じちゃうの」
ドカーン。
「その感じでいきま賞」は、川本良平1
「次はがんばりま賞」は、一場2、ケイゾー7、浩康8
「敵ながらあっぱれで賞」は、朝倉健太1、小山桂司1、トニー・ブランコ1、和田一浩3
初ホームランを打った小山は、シダックスでノムさんの指導を受けた捕手で、06年にファイターズに入るも芽が出ず、今季トライアウトで落合監督に拾われた。よかったな。
今夜も岐阜か。このカードは勝ち越しておきたい。高市? マサ? たのみます。
頂上決戦はヤギさんでハムが先勝。
ヤギ完投勝利。3年前の感じがもどっている。イーグルスは井坂が先発したが快調F打線には通用しなかった。火達磨。
この時期だが、5位争いでなく頂上決戦だとゆうのがここちよい5月だ。
あとの4チームは5割めざしてヒーヒー言ってる。
今夜は、マー君で仙台は盛り上がる。完投で5勝目? 想定内です。