5.12  わが速球地球一周し後頭部に命中したよ一人時間差? | 短歌&野球

短歌&野球

ぼくのへたくそな短歌と、大好きなプロ野球についての感想を、日記形式でつづります。ぼくの個人的な経験も書いてしまうかもしれません。

寺山修司を読む必要があって、何十年ぶりかで再読を開始している・・・やっぱり好きだなあ。


「二人のさびしい男がいた。

 これが、ピッチャーとキャッチャーだ。二人は唖でものが言えなかったので仕方なしにボールで相手の気持をたしかめあったのだ。二人の気持がしっくりいったときには、ボールは真直ぐにとどいた。しかし、二人の気持がちぐはぐなときにはボールはわきに逸れた。そして二人はいつでも、このボールの会話をかわすことをたのしみにしていたのだ。

 ところが、この二人組に嫉妬する男があらわれた。彼は、何とかして二人の関係をこわしてやりたいと思った。

 そこでバットという名の棍棒をを持って二人のそばに寄って来て、いきなりボールいきなりボールを二人の外へはじきとばしてしまったのだ。バッターの役割というのは、まあ、そんなところだね」(『時代の射手』)


 うーん。いいね。焼け跡の青森で(1945年7月28日の青森空襲は3万人の死者を出した。東京大空襲の10万人よりも人口比でいうと濃密な空襲だった)野球というものに出会った10歳の寺山らしい「野球神話」の創造だと思う。


 戦争を知らないぼくがこの続きを書けと言われたら、どうやるだろう。


 「7人のサムライがいた。ピッチャーとキャッチャーの会話に嫉妬して妨害するバッターを殺してしまおうということになった。ただ、嫉妬という動機は無条件で処刑してよいほどの犯罪ではないだろうと話し合った。バッターがいい当たりを棍棒で表現したらその正当性を<ヒット>と呼んでバッターに生きる権利を保障しようと。


 <ヒット>が飛んでいく領域は、キャッチャーを中心に円を描くと360度の方向に<ヒット>がいくのでないことがわかった。左上の90度に飛んでいくと。7人のサムライはその左上の90度の4分の1空間に飛んでくるバッターの打球を捕まえればいいのだと考えて、7人でその空間を守るべく分散した。

 ピッチャーに近いところに3人(のちに内野手とよばれる)、それより数十メートル後ろに3人(のちに外野手とよばれる)を配置した。


 サムライが一人余ってしまった。内外野、打球が飛んできそうなところ、どこを守ってもよいことにした。それでこのサムライを<遊撃手>とよぶことにした。のちにこの遊撃手は内野手の一人と考えられるようになり、内野を4人で守ることが多くなった」