ノムさんはイーグルスをどこまでつれていけるか
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野村再生工場と南海ホークスのプレーイングマネジャーのころから言われたが、V9「巨人」に勝つためには、戦力補強をしても追いつけない、いまある眠れる選手の能力を総合力ではなくて「スペシャリスト」として特化して通用させる。それがまた「川上野球」を超える「野村野球」をめざすために必要だった。
『甲子園への遺言』という本や「フルスイング」というNHK連ドラで、いま少し話題になっている「伝説の打撃コーチ・高畠導宏」の産みの親は、ノムさんである。
高畠はアマチュアの最強打者の触れ込みで、1967年(昭和42)ホークス入団。しかし、入団早々に肩を脱臼し満足に投げられない。2年間は打率1割台の守れない外野手。現役をやめるしかないかと絶望する高畠に1969年、「高、もうおまえにはグラブ入らない。バットだけでええ。バット1本で稼ぐんや」と声をかけたのが、打撃コーチ兼任のノムさんだった。翌70年、野村は兼任監督となる。
70年の高畠は生き返った。代打男・高畠の誕生だ。157打数49安打、0.312、ホームラン4本。
71年も0.310、ホームラン2本。野村監督の期待にこたえた。
だが、72年、高畠は右手首のケガが悪化しバットをふれなくなってしまう。
「高、おまえ、それ以上くるしまんでいい。現役はもう終わりや。コーチになれ」
ノムさんのこの一言で、73年野村ホークスの打撃コーチとなる。28歳の若さで。以後30年間、ホークス、マリーンズ、スワローズ、再びホークス、ドラゴンズ、オリックス、再びマリーンズでコーチを務めた。
高畠コーチによって打撃開眼したおもだった選手の名を記しておく。藤原満、水上善雄、落合博満、袴田英利、
西村徳文、高沢秀昭、広沢克己、池山隆寛、古田敦也、飯田哲也、小久保裕紀、ジョージ・アリアス、田口壮、
福浦和也、サブロー・・・
高畠はこう言っている。「のちに野村さんは故障した選手やピークを過ぎた選手たちの<再生工場>とも呼ばれることになりますが、わたしはその第1号だったかもしれません」
あれ、再生工場第1号のことだけで、きょうは終わっちゃう。これは断続的に10回くらい書かないとダメかもしれない。おつきあいください。今季最も注目すべきチームは「楽天」と「巨人」。まさかという結末を予測してみたいんです。
つづく・・・
楽天7-6日本ハム(13時00分、名護市営球場)
楽 天 010 100 023=7
日本ハム 010 041 000=6
(楽)田中、ドミンゴ、石川、○青山=井野、嶋
(日)グリン、吉川、坂元、●山本=鶴岡
本塁打:(楽)横川ソロ(2回)、大廣3ラン(9回)
2回表、先頭の横川史学 が、バックスクリーンへ一発を叩き込み1点を先行。しかしその裏、1回を3三振で切り抜けた田中が、2死無走者から、鶴岡二塁打、金子誠 適時三塁打と連続長打で追いつかれる。4回表、2死満塁から聖沢諒の右前適時打で、再び1点を勝ち越した。
ところが、2番手としてドミンゴがマウンドに上がった5回裏、そのドミンゴが捕まる。ヒットと四球で招いた無死一、二塁から、糸井に適時二塁打を許し2対3とリードを許すと、小谷野適時打、坪井適時打とこの回4点を献上。守備の乱れもあったものの、打者9人の攻撃を許し、2対5とリードを広げられる。6回裏には、3番手・石川賢が糸井の適時二塁打で1点を追加された。
追いかける打線は8回表、河田寿司 右安、大廣翔治 四球、嶋基宏 四球で作った2死満塁から、聖澤が右前に適時打。さらにこの打球が右失を誘い、4対6と2点を返す。そして9回表、草野大輔 四球、横川二塁打で作った2死一、三塁から、大廣がバックスクリーンへ3ランを叩き込み、7対6と逆転に成功。8回裏からマウンドに上がった4番手・青山浩二 が9回裏を3人で片付け、7対6で勝利した。
試合後、野村克也 監督は、田中について「本人は満足していないんじゃないか。キャンプの時から言っているが、あまり心配はしていない」と話していた。 (楽天スポーツ)
写真は9回2アウトから試合をひっくり返した大広を迎えるイーグルス選手たち。
こっちにもデカイ「翔ちゃん」がいるぞ! 184センチ、90キロ。東洋大から4年目の選手。山崎武司の次の
右砲として彼が出てくるようだと、ノムさんはウシシだ。
青山を抑えとして使うつもりのようだ。
マーくんと中田翔のプロ初対決は、1三振、1四球。
