2007年のクリスマスおめでとう![]()
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いちにち自宅でゲラを読んでいた。彼女(妻です)は早朝から介護の仕事に行っている。
23日夜帰宅した娘に「イブは、○○島くんと過ごすんだね」と聞くと、ややあって、「ごめんなさい、パパ」と腰を折って深々と一礼した。「別れちゃったの」とU子ちゃんだ。ぼくは彼女の目を見た。ウソではないと思った。
○○島くん(ぼくと妻は娘がはじめて紹介してくれたボーイフレンドを大好きになり、彼の生まれ育った小さな島の名前で呼んでいた)は、どんな気持ちでいるのだろうと思った。こんな生意気で、小便臭くて、妻の娘だから整った顔をしているが、ぼくの娘でもあるから手足が短いくせにジャズダンサーだといきがっているU子の「カレシ」としては最高だ、と、むしろ彼のことを応援していたぼくたちだった。
恋愛だから、なんでも起こるし、親にだって、親にだからこそ、説明できない。なんてことは、ぼくも若いときがあったから、もう娘には問わない。でも、「愛って、100愛してもらったけど、50しか愛せなかったとか、算数じゃないんだよ。いつだって0を見なくちゃいけない。0は”あたしの自由”ってことさ。その0に何をかけても答えは0だ。それはわかっているよね」とだけは言った。「わかってるよ」とU子ちゃん。泣いてる。
ぼくがまだ 歌いたいことがあるって言ったら みんな笑い転げるだろうね
ぼくがまだ愛の力を信じてるって言ったら、みんなシラケていたもんね
クリスマスイブだから こんなこと言うけど
ほんとは友だちが ほしいだけだよ
White Suntory で Merry Christmas
夜が明けるまで 今年も ひとりでクリスマス
ぼくがときどき お祈りすることがあるって言ったら みんな笑い転げるだろうね
ぼくがいまでも 人の温かさに飢えてるって言ったら みんな「生活が」って言うもんね
クリスマスイブだから こんなこと言うけど
ほんとは友だちが ほしいだけだよ
White Suntory で Merry Christmas
夜が明けるまで 今年こそ きみとクリスマス
夜が明けるまで きみとふたりで クリスマス
恥ずかしいけれど、70年代の後半、ぼくは野球できない体になっちゃったけど、ギターを弾くことはできた。
それで、詩と曲をつけてシンガーソングライターみたいなことをやっていた。
これは、そのころのぼくの調子よかったときの「歌」で、サントリーのCMソングとしてつくったものだ。
これは採用されなかった。ぼくはそれ以後、詩や曲をつくらなくなった。
ぼくたちのへたくそなライブに、いつもきてくれる、素敵な女の子がいた。U子だった。(ぼくは自分の身内や、自分の愛してる人を実名では公開できません。だから素敵な女の子もオバサンも、みんなU子さんなんです。気づいてましたか?)
その彼女といまもいっしょに暮らしている。ぼくが指名手配されている(あ、ぼくはそのころ極左だったんだ)のに「あなたはやっぱり、カッコいい」と言ってくれた。
彼女が仕事を終えて連絡してきたのは、午後9時前だった。きょうも、ダダをこねるお年寄りが現れたのだろう。
ぼくは近くの割烹を指定した。イブというより休日だから混雑しないと確認してはあった。
ここは娘が○○島くんを紹介してくれた店でもあった。
いつもは「和民」的な居酒屋?で飲んでいるらしい彼と彼女にとっては高価な飲み屋だったのだろう。
「緊張するほどの店ではないよ」と、ぼくは告げたが、緊張していた。そこが好きだった。
彼女(妻)には言えなかったのだろうと思って、ぼくは彼女に「きみの娘は男を振った」と伝えた。
「なぜ?」とU子ちゃん。理解できないんだ、即座には。
それからふたりでカラオケに行った。
ぼくは吉田拓郎やビートルズを歌った。彼女は夏川りみやドリカムを歌った。
「そういえば」とぼくは言った。「イブだよね、ぼくたちが結婚して、きょうが30年なんだ」
キリがないので、ここまでにします。
生きることはきびしいものがあり、ところどころ、ぼくたちはウロタエます。
でも、クリスマスっていうことで、それぞれの大切と思っていた「愛」が問われるのは、いいことかなとも思います。
あなたには、よいクリスマスの知らせが、ありましたか? ま、いいさ、Merry Christmas !