珈琲は子どものころから好きで、最初からブラックで飲んでいたね。
二十歳頃からずっとマンデリンばかりだった。これがうまいと思い込んでいただけかもしれないね。
あらゆる珈琲をあじわってから決めたわけじゃなかったから。
「このちょっと渋いのがいいんだ」って言いたいだけだった気がする。
最近は毎朝起きるとすぐにキリマンジャロを淹れる。「このちょっと酸っぱいのがいいんだ」
宮本「北京五輪キャプテン」継続!
星野監督は「宮本主将」継続の方針を打ち出した。「キャプテンとして本当によくチームをまとめてくれた。宮本は現役でいてくれさえすればいい」と全幅の信頼を寄せた。
これは宮本だけは来シーズンの成績がよければじゃなくて、元気であればということで、すでに「北京の24人」に当確ということだ。たいしたものだ。でも、ほとんどのプロ野球ファンは納得してくれると思う。
台湾での3試合だけを見ても、星野ジャパンの役割分担がよく見えた。
田淵、山本の両コーチは監督を激励する応援団だった。代表選手の打撃フォームをチェックしたりする必要はなかった。そんな選手が代表では困るし。また、作戦参謀でもなかった。星野の野球と田淵、山本それぞれの野球はまったく違うからだ。3人が≪いつか同じユニフォームでやろうな≫と昔語り合ったことが実現した、それだけでよかったのだ。監督の精神的にも、3人の生涯の友情にとっても、代表選手たちにとっても、ぼくたちファンにとっても。
首脳がこうであるから、投手コーチの大野と野手コーチ兼任の?宮本は大変だったと思う。
宮本は監督の意図するところを正確に捉え、攻撃場面でも守備場面でも、それを的確に選手たちに指示していた。選手たちは細かい指示を呑みこんで実行した。これは宮本の人徳と思う。
選手としてただ一度の出場機会、それが台湾戦7回の代走だ。そこをきちっと、あの歴史的な走塁、スタートとスライディングを決められる、というところがすごさだ。今自分がどうプレーすればいいかをわかってやっている。あのフィルダースチョイス、無死満塁がもし実現できていなかったら、あとのマリーンズ3人衆が同点、逆転劇をやれていたかどうかわからない。(べつにロッテに恩を売ってるのじゃありません)
こう考えてくると、宮本という人は、あと数年は現役でがんばってもらって(40歳まではやれる。彼は社会人あがりでプロ入りが24歳なので、古田同様、プロとしての身体能力の衰えが遅い)、選手会労組のほうも(こっちはだれかに譲れないかな。井端とか)がんばって、日本プロ野球の≪顔≫になっていってほしい。引退後のスワローズ監督の話も出てくるだろうが、そこは古田の轍を踏まないで、むしろ10年後20年後の「宮本JAPAN」を見据えていってほしい。そういう人なのだ、宮本慎也は。
ぼく的には、古田、宮本、稲葉、池山、土橋・・・といった面々が将来的にまた一緒にやれたらいいなあと思っている。・・・各チームの監督としてシノギを削ることがあってもいいとも思う。