2.15  やあキミはやたらときのう優しかったねきょうわかったよバレンタインデー | 短歌&野球

短歌&野球

ぼくのへたくそな短歌と、大好きなプロ野球についての感想を、日記形式でつづります。ぼくの個人的な経験も書いてしまうかもしれません。

忙しくて、それから『生きるの死ぬの』って言う人との応対に追われて、つい、日付を忘れてしまっていたようだ。


「あまりものじゃないからね」と娘がさっきチョコレートを3個ほどわたしにくれた。

「いくつになっても、うれしいかも」と受け取る。「義理チョコじゃないからね」と娘が念を押す。

「あたりまえだろ。ボクとキミは義理の父子でなく、実の父子なんですから」とわたし。

「はは、そうきたか。いつも、ありがとね、パパ」と娘。

よく見ると、3個のうち2個はロッテのガーナミルクチョコだった。よく見なくても、一目瞭然だった。これは義理チョコのあまりと推測できた。今年は不二家は使えないしね。

あと1個はメーカー不明のもので、After Eightとある。「大人のためのナイトチョコレート」だと。

これだけはわたしへのプレゼントと思いたいが、たぶんこれは「本命はずれ」ではないか。


バレンタインチョコはいまははやらないらしい。

Swallowsの青木がほしがっていたが、届いたのは数百個でしょ。そんなもんだろうと思う。

野球関連でいえばバレンタインチョコの「発案者」のロッテの監督がバレンタインというのが「できすぎ」で、たまたまなのに、

ロッテはそれでかえって損してるみたいだな。


義理チョコの山を見てため息ついたこともある。

「本命」はそのころはチョコという表現をとらなっかた。そのころもなにも、江戸の頃からそうだった。

わたしという男がほんとに迷うことがあった。それはチョコレートとはカンケイなかった。


愛をチョコレートで伝えられるなんて愚かな娘であってくれるな


これは短歌かな? 今書いただけだから、なんとも自己評価できない。


いつも、チョコレートをもてあましたぼくを、きみのおかあさんは、それもあなたへの厚意ですよと言って、

練り直してあなたへの「おやつ」としたことを憶えているかい。


わたしは「チョコレートラブ」を否定しない。でも、そんな媒介がなくても、「野球」にひかれるなら「野球」というふうに、人がどんなに生きづらくとも、立ち直る場所があると信じている。もう、チョコレートはいらない。