こんにちは、うたかたです。
最近ちょっと勉強法から遠ざかって精神論的な観点から見ていたので久しぶりに勉強についてかいてみようと思います。テーマは受験生の永遠の悩みでもあります「国語は勉強すべきなのか」という疑問。特に現代文ですね。うーん、どこから書いていこうか悩みますがぼちぼち書いていきます。




国語が数学や英語と言った普通の科目と同様にセンターでも出題され東大でも出題されるという事は何か意味しているに違いありません。僕が考えるにそれは「すべての科目の根底に国語というものが存在している」というメッセージだと思っています。僕の知り合いに国語の得意なA君と苦手なB君がいます。どちらが伸びるでしょうか。言うまでもなく段違いでA君ですし、思っている以上に差がつきます。これは一つの文章から得られる理解力に差がついてしまう為でしょう。




じゃあ早く国語をできるようにしないといけません。で、何をするのかというと海外文学を読んでみるのです。なぜ海外文学なのか?と思うのではないでしょうか。「訳されている」というのがキーポイントです。よくみなさんが好んで読む日本人作家のミステリー(東野圭吾とか山田悠介とか…)って苦にもならずどんどん読めますよね。そういう「楽な」本ばっかり読んでいるからいつまでもあの難解な論説とか(本当は難解ではないことが多いです)が読めないのです。一方海外文学の翻訳されている本、例えばドストエフスキーの「罪と罰」とか割と読みにくいと思うんです。そういう本を一度読んでみてください。今までと違う印象を国語のテストのときに受けるはずです。そういう本いくつか読むという経験を通して本物の国語力が養われるものだと考えています。


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