私は東大落ちM大である(明治ではなく、本当はマーチクラスのどこかなんだけど、仮にM大としている)。しかも一浪。
今はそんな人あまりいないかもしれない。だいたい早稲田か慶應、あるいは地方旧帝大の後期にひっかかるか、現役ならば捲土重来を期すために浪人するだろう。
だが、1992年は私大バブル期。センター試験も始まったばかりで私大のセンター利用もほとんどなかった。今ならセンター利用とかで早稲田を確保できるかもしれないが、当時は東大に受かっても早稲田に落ちるなんて人はいっぱいいたし、下手をするとマーチにも持ち、東大落ち日大なんて人もいた。
もちろん東大がA判定だった人は慶應で止まっていた人が多かったかもしれない(早稲田は問題の傾向が全然違うため併願成功率はかなり低かった)。だが、私はC判定、今から思えば早慶で止まらなくて当然である。
東大に落ちてM大に行くと決まった時、私は世界が終わったような気がした。不合格を知ってしばらくは、気分がすぐれず、朝、ふとんから出られない日が続いた。
父は「M大でも早慶に次ぐ大学じゃないか」(ただ、父は学費が高くなってしまったので表情が険しかった)、母は「M大でがんばればいいじゃない」と言ってくれたけど、そんなにすぐに気分を切り替えることはできなかった。
4月、私のような思いを抱えて、第一志望ではなかった大学に不本意に入学する人も多くいると思う。だが、それが運命だ。そこでがんばれば道は開ける。もちろん、あきらめきれず再受験をしたければ、それでもいい。それはそれで運命だ。半世紀近く生きてきて思うのは、結局のところ、人間は運命を受け入れて生きていくしかないということだ。「起きていることはすべて正しい」(勝間和代。ちなみに私は勝間氏がそれほど好きではないが、この言葉は肯首できる)。