実は京大に行きたいな、と思ったことがある。

 

京都での学生生活に憧れたのと、私には天邪鬼的なところがあり、なんかみんな東大東大いうのつまらんなあと思ったからである。

 

今でこそ、京大は東大に次ぐNo.2的な感じになってしまったが、1990年ごろは甲乙つけがたい双璧という位置づけであったと少なくとも私は思っている。

 

私の記憶では当時東大文Ⅰ、京大法、一橋法は偏差値は変わらなかったような気がする。ただし、東大は二次で社会二つ、京大はセンターと二次で違う科目を選ばなければならないから社会二つ、一橋は二次で社会一つと、科目数的にはやはり東大が最も難しかったと言えるだろう。

 

私が思うに、東大、京大、一橋とその次に位置する旧帝大、神戸大との間には超えられない壁のようなものがある。それはやはり二次試験の科目の多さである。東大、京大、一橋は二次が英国数社の四教科、その次にくる旧帝大や神戸大は英国数がほとんどだからだ。二次に社会があるかどうかで労力はかなり異なるだろう。また、東大、京大、一橋は圧倒的に二次重視だ。この点もほかの旧帝大等とは一線を画す。

 

 

私が中学生くらいのとき、国立大の入試改革の過渡期で、東大と京大を併願し、両方受かった場合は、どちらかを選べるという時期があった。理系ではノーベル賞輩出が多い京大に人が流れ、東大で追加合格が出たということがあったことを覚えている。そういうことがあってか、その後分離分割方式(前期後期のやつ)が導入され、国立大の受験は実質一校、敗者復活戦的に後期でもう一校ということになった。

 

さて、私は結局京大志望にはならなかった。なぜか。京大の二次試験の問題が特殊で、相性がよくなかったからである。英語は和訳と英訳だけ。国語は回答欄が大きく、また擬古文が出題される。京大の問題の方が私にはとっつきにくかった。

 

だが、もし、今高校生に戻れるとしたら、京大がいいかなあ。私は結局東京で学生生活を送ることになったが、やっぱり京都に憧れるなあ。鴨川でデートとかしたかったなあ(笑)。