東大生になれなかった私は、東大生と話すときにうらやましいことがひとつある(あった)。そして、それは私にはもう手に入らないものだ。
東大卒の肩書?それもなかなか手に入らないが、今さらもう欲しいとも思わない。私がうらやましかったのは、彼/彼女らの「根拠のない自信」である。
私がこれまでに出会った現役東大生あるいは東大出身者から一般化してはいけないのだが(サンプルが少なすぎる)、少なくとも私が出会った人たちの多くは「根拠のない自信」に溢れていた。
さすが、勝ち続けてきただけのことはある。浪人したとしても結局受かったのだから、それで自信は揺るがない。言い方を変えれば、「勝ち癖」がついている。勝ち続けてきたことが根拠と言えるのかもしれない。しかし、彼/彼女らが醸し出す自信は、「根拠のない」としか形容のできないものだ。
これは本当にうらやましかった。私など、落ち続けてきた人生を送ってきたせいか、自信もなさげだし、自己肯定感も低くなりがちである。
もちろん、東大生にも(いずれ)挫折はあろう。「東大出てるのにね...」という人を私は少なからず知っている。その後もずっと「根拠のない自信」を持ち続けることができる人ばかりではない。
しかし、すくなくとも東大生である間は、彼/彼女らはそれを持ち続けることができる(ように見えた)。18~20代前半の私にはそれがなんともうらやましかったのである。
とはいえ、さすがにアラフィフにもなれば、そんなことどーでもよくなってきているのだが。