三菱樹脂事件 (最大判昭和48・12・12) | 憲法判例解説

憲法判例解説

憲法判例の意訳・超訳、解説をします。

事案 

原告Xは、三菱樹脂株式会社に三ヶ月の試用期間を設けて採用されました。しかし、Xは学生運動や生協理事としての活動をしていたことを、入社試験のときの身上書や面接において隠していました。そのことを理由に、試用期間終了直前、会社から本採用を拒否すると通知されました。そこでXは、「社員(被雇用者)」としての地位の確認と、賃金支払いを求めました。控訴審(東京高裁)は、憲法19条の保障する思想・信条の自由は、私人間であっても、一方が他方に優越する地位にある場合には、みだりに侵されてはならない、とし、さらに、採用試験に際して、思想・信条に関係する事項の申告を求めるのは公序良俗に反するとしました。


判旨

 憲法19条、14条は、国または公共団体の統治行動に対して個人の自由と平等を保障するものであって、私人相互の関係を直接規律することを予定していない。私人間の対立の調整は原則として私的自治に委ねられ、ただ一方の他方に対する侵害が、社会的に許容しうる範囲を越えた場合にのみ、法が介入する。これは、一方が他方に対し、事実上の支配関係を持つときも同じである。私的支配関係において個人の自由・平等に対する侵害またはおそれがあるときは、民法1条、90条、不法行為に関する諸規定の運用によって調整ができる。また、憲法は22条、29条において、経済活動の自由を保障しており、企業者は特定の思想・信条を有するものをそのゆえに拒んでも、当然に違法とはいえないし、労働者の思想・信条の調査や、申告を求める事も違法ではない。


 雇い入れ後には、企業の解雇の自由は一定限度、制約を受ける。本件の本採用の拒否は、留保解約権の行使であり、通常の解雇より広い範囲の解雇の自由が認められるが、これは、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当な場合のみ許される。


として、破棄差戻し。差戻審にて和解成立。Xは職場に復帰し、和解金1500万円が支払われました。


Point

基本権は対国家的権利であり、当事者の一方が社会的権力であってもかわらない。

私的な人権侵害については、私的自治による調整が前提であり、必要ならば、具体的な立法または民法の一般条項の運用を通じて対応(間接適用説)



解説

 まず、事案として注意しておくべきことは、最高裁は、これを、解雇の自由ではなく、採用の自由の問題として扱っているということです。本件の具体的な考察の前に、まず、私企業は採用の自由を持っている、ということが前提判断としてあるわけです。


 この判断の根拠が、いわゆる間接適用説になるわけです。本判決によって、最高裁は間接適用説を採用したことになっていますが、そこでの憲法価値の私法秩序への反映は、かなり消極的なもので、実際には無適用説に等しいという見解もあります。


 いずれにせよ、これ以降、間接適用説自体は、通説としての地位を確立したと考えられていたわけですが、最近になり、間接適用説を問い直す動きが出てきています。つまり、なぜ基本権が間接適用されるのか、という部分について理論的にあいまいであるというわけです。これにつき、判例百選の小山教授の解説にもあるように、国家の基本権保護義務という考え方があります。(詳しくは、憲法の争点の小山論文を参照のこと。)これは、国家は、基本的法益を保護する義務があるという考え方です。そして、国家は、侵害された者を保護する義務を負い、侵害した者の、国家からの自由としての基本権と考量しつつ、調整を行わなければならないというわけです。

 一方で、私人間効を否定する説もあり、現在、憲法の私人間効は、もっとも熱い論点のひとつとなっています。


応用

 実は、この判例はもう一つ重要なことに触れています。それは、「国または公共団体の統治行為に対して」個人の人権を保障した、と述べている事です。そして、このことを理解するためには、1951年4月4日最大決を見ておかなくてはなりません。


 これは、電鉄会社の職員が政党機関紙に会社の風評を記載し、懲戒解職処分を受けた事件です。この職員からの、地位保全・賃金支払いの仮処分申請にかかわる特別抗告を棄却するにあたって、最高裁は

「憲法21条所定の表現の自由は、事故の自由意志に基づく特別な公法関係および私法関係上の職務によって制限されるのはやむをえない」と述べています。ここで、公法関係の職務によって、と述べている事はすなわち、個人が政府に雇用されている場面でも、憲法21条の適用には制限があることを意味します。


 この事件そのものは、私人による表現の自由の制約であるにもかかわらず、本決定が、公法関係上の職務上の制限も一括して論じたことについては、芦部教授などが「不用意」であると批判しているところです。つまり、この判例においては、憲法の適用に関する場面が、①統治者としての政府②雇用者としての政府または私企業、という区分がされており、政府と私人の区別を想定する一般的な考えと異なっていたからです。


 そして、この三菱樹脂事件(1973)によって、判例は、はっきり、憲法の人権保障は政府の「統治行為」に対してのものであると述べたわけですが、この点は、後の猿払事件(最大判1974.11.6)につながっていく論点となります。