私が奨学金について今勉強しているシンプルな理由は
「大卒と高卒では奨学金をもらってでも大学に行くべきというほどの収入格差があるから」であり
「世間的に思われているほど利子付きの奨学金の負担は重くないということを周知したい」という理由です。
でもまだまだ勉強不足。
もうすぐ奨学金なるほど相談所というサイト(http://www.shogakukin.jp/index.html )
を経営している奨学金アドバイザーの久米忠史さんに
会ってお話を聞くことができることになりました。
制度的なことをupし始めるのは久米さんのお話を聞いてからにしようと思います。
そこで、金銭的なこと以外にも大学に行くべき理由はたくさんあるでしょう。
ひとそれぞれ理由はあるとは思いますが、
私が考えるのは大学で学ぶということが新たな自分づくり、つまり
個々のアイデンティティの変革を起こすことになるのだと考えます。
その一つとして
「理解の変革」を大学では起こせます。
まずは私たち人間の理解の欠点についての紹介です。
私たちは知らず知らずのうちに不足した情報を
自分の経験則でまとめ上げてしまうんです。
いわゆる「群化」という事象ですね。
簡単な例をあげましょう。
この図形。
この図形を見て何を思い浮かべますか?
三角形でしょ?
このようにひとは実際には描かれていない線、「主観的輪郭線」を見ることがあるんです。
「この図形は今までの経験からして三角形だ」
という理解をしているのである。
だから
教師からどんなことを教わっても人それぞれ理解の仕方が違ってしまうことがあるんです。
だから
ひとにものごとを全部伝えるのも、物事を完璧に理解するのも本当に大変なんです。
「自分なりの理解を進める」
というのはいいように聞こえますが
個人の先入観に基づいて物事を理解する
→自分に都合のよい情報だけを集める
→自分の先入観をさらに補強する
という理解の負のスパイラルが発生してしまいます。
大学では今まで出会ったことのないことを知り、理解に失敗します。
理解に失敗することで自分の幅を広げていくんです。
大学ってそんな場所じゃないでしょうか?
失敗を繰り返して自分の幅を広げる
ひいては、理解の幅を広げ、柔軟な思考力を身につける。
これは大学でなくては学べないと思う。
特に総合大学の魅力はそこだと思う。
一つ大学で学ぶことの魅力を語ってみました。
