三月の朝 Ⅶ | 碓井豊オフィシャルブログby Ameba

三月の朝 Ⅶ

<三月の朝 Ⅶ>


  

2度目の春、その年は桜が咲くのが早く、4月の上旬にはすでに満開で散り始めていた。


母とは家の近所の桜並木を、この季節になると毎年必ず散歩しに行くのがお決まりで、母も私も桜が大好きだった。


「もぅ今年は桜が咲いてるねんよーー。看護婦さんに言って、少し外出させてもらおっかーー。」

私がそう言っても、何の返事もない。。いつものこと。


許しを得て、看護婦さんと二人で母をかつぎ、車椅子に乗せ、病院の入口にある大きな桜の木の前に連れて行くと、母は目を真ん丸く開けて、ずっと桜を見上げている。


隣で私は(どんなこと考えてるんだろう? 桜って解かってるのかなあ?)って母の顔色を覗っていると、急に突風が吹いた。

その風の勢いで、無数の花びらが、母と私に降り注いだ。。


と突然、「わぁーーーー」と母が言葉を発し、びっくりして振り向くと、、入院してから見せたことのない笑顔で、ひらひら舞う桜を見ている。


心臓が止まるかと思うほど、びっくりした私は、久しぶりに聞いた母の声に、久しぶりに見せた母の笑顔に、すごく幸せな気分になった。


桜は、少し離れた母との距離を、ちょっとだけ近く感じさせてくれたみたい。



つづく長音記号1