先日は兵庫県で集団討論でした。「集団討論は苦手」という受講生が多いのですが、その理由として

1 発言することが苦手

2 評価の観点がわからない

3 何を話していいかわからない

主に3つかな、と感じます。

1について。いろいろと原因がありますが、例えば人前で話すことが苦手、内気であるというなら残念ながら教師としての資質が無い、というしかありません。他の道を考えるか、自分自身を変えるか、根本的にどうにかするしかないでしょう。他には、学生にありがちなのですが経験が少ないので臆してしまう、という理由もあります。つまり自信が無いんですね。改善策として、ボランティアなどで子供達に積極的にかかわるなど経験を積むことで改善できます。その上で集団討論の練習を重ねて慣れることが必要でしょう。

2について。集団討論では発言が多いから評価が上がる、発言が少ないから評価が下がる、というものでもありません。簡単に言えば討論をしている過程でその人物の人間性と教師としての力量(将来性も含めて)をみているわけです。集団討論はチーム戦です。皆が協力して討論を高め、結論を出せないまでもその過程が大切なわけです。その中で自分勝手に発言をする、自分の意見をごり押しする、意見を否定するなどの振る舞いは、マイナス評価になることは想像できます。討論で怖いのは評価の観点を知らない受験生が混じった時です。

講義の場合、皆ある程度、人間関係が出来ているし、評価の観点を知っているので上手いこといくのは当たり前なんですが本番はそうではありません。チーム戦であるため、本番当日のメンバーによっては不運な場合もあります。しかし、そこで諦めては点数がありません。そこをいかに上手くまとめるか、乗り越えるか、まさに人間力ですよね!!

3について。勉強不足なため、討論課題の論点がつかめず、何を話していいかわからない、自信をもって話せない場合です。討論に限らず、筆記試験、面接試験において事前準備が必要です。多くの知識・教養を蓄えるインプット、そうした知識・教養を吐き出すアウトプット。受講生をみると筆記試験対策のインプットは熱心なのに面接対策のインプットを軽視しすぎているなあ、と常々感じます。討論、面接が苦手という人は、話すのが苦手(つまりアウトプットね)と言いますがインプットを軽視している場合がほとんどです。教育知識、社会知識、一般教養、一般常識、経験もそう。つまり、話す中身が無いんです。対策としてはインプットを頑張ってね、です。

集団討論では大きな点数の差は出ない、というのが私の考えです。討論が苦手、という人は新教舎の門を一度、叩いてください。