巷では「バレンタインデー」ということで、チョコレートの消費量が半端ない一日ですが、
「バレンタインデー」の陰に隠れがちですが、
1920年の今日、日本初のマラソン五輪代表である金栗四三氏の「世界で通用するランナーを育成したい」という理念の下、第1回箱根駅伝が行なわれた。
そもそもは、アメリカ大陸を継走で横断する計画を実施するための代表選考会として開催された。
関東の多くの大学・師範学校・旧制専門学校に参加を呼び掛けるが、長距離選手を10人揃えられる学校は少なく、出場校は東京高等師範学校(現・筑波大学)、明治大学、早稲田大学、慶應義塾大学の4校でのスタートであった。
土曜日であったため、午前中の講義を受けた後、有楽町の報知新聞社前を13時00分にスタートした。
ちなみに最下位慶応義塾大学の到着は20時53分であった。