「自分自身が外で働いてお金を稼ぐことが出来ないと自由が得られない気がする。」
私の中でそういう風にルールが植えつけられている気がする。


弟と7つも年が離れていて一人っ子同然のような感覚で育ってきたようなものの、金銭的な面で優遇された記憶はない。

実際そうなのかは分からないけど、何かが欲しくてもいつも我慢していたような記憶が多い。
「みんなやってるし」とか「みんな持ってるから欲しい」といった要求にはいつも「家はうち、みんなはみんな」と返されていたように思うし、何かを手に入れたければ「自分で稼いだらにしなさい」と稼げない時期(小・中・高)でさえも言われた印象が非常に強いから。それじゃ何も返す言葉はない・・・・。

物が欲しい時には「これが欲しいの」という要求ではムリで必ずAとBとCという比較対照を両親の前で示し、なぜAが良くって欲しいのかを営業しなければYESをもらえなかったという感じも記憶が強い。


だから私は早く一人立ちしたかった。誰にも文句言われずに自由になりたい・・と強く願っていた。


21歳で就職してたときに両親が転勤になり、それを機に一人暮らしを始めた。
誰にも何も言われずに自由に行動できる幸せと、自由にお金を使える幸せを一気に味わった。
普通は一人だから大変、という意味での親のありがたさを理解するだろうけど、私の場合はそれよりもこの自由が嬉しくてしょうがないくらいだった。

親元にいたら出来なかった自由な時間の使い方、お金の使い方、門限もないし、服装も自由に出来る。
10代の半ばにしたかった奇抜な格好も親元にいたら出来なかったから。


だから私はきっと21歳を過ぎてからのいろんなことで、遅咲きな面が多いようにも思う。


で、必要以上に弾け過ぎた面もある。


親が知ったらきっと泣くよな・・・ということもたくさんしたようにも思うけど、それはすべて自分自身で消化してきたつもり。
実際、生活面で苦しくとも、また元に戻ることで自由を奪われることとの比較をしたら何があっても両親には頼りたくなかったし実際ほとんど頼ることが無かった。


でもそれは人のせいにするわけじゃないけど・・・
両親が親としていろいろと制限して束縛しすぎた結果の行動だろうとも思う。


それから結婚して家庭を守る主となり家庭に関しては主導権を握れると思ったけど、同居してるので自分のやりたいように家事育児は出来ない現実。自分で外で稼いで来てる訳ではないから何かと我慢も多い。お金がすべてでないけどお金があると自由が得られる部分は多いのをまた実感してる。


私が次に自由を手に入れるのは何年後だろう・・・。


子育てが終わって、自分のために働けて、なおかつ義理の両親やらもあの世に行ったときかしら。


思い返せば独身時代の自由期間は21歳から29歳までの8年間。
で、私の自由はあとプラス何年あるのだろう・・・・・。
というか・・・どのくらい合ったら満足するんでしょうか・・・・。