こんばんは。小野里です。
最近は「終活」という言葉が流行り、人生の整理整頓をしましょう。という動きが番組でも取り上げられています。
遺品整理業も出てきたり、日本人の「立つ鳥跡を濁さず」の美的意識が伺える社会ブームではないでしょうか。
僕も不動産業に務めて、数多くの方々の人生ドラマをみ、数多くの終活を見てきました。
ここ最近も今までお取引してきた業者さんが終活に入りました。
数ヶ月前から「終活」に入っているな。と感じておりましたが、
本日真面目な顔で、実は、、、と打ち明けられました。
自分が死んだら残された者じゃ運営できないから会社を継いでくれないか?というご相談だった。
こういう話しは今までも経験がある。
今年に入って二人目の相談だった。
形式上会社を継ぐのは簡単だ。
しかし自分の人生の倍以上経験してきた人達だ。37歳の若僧の僕には簡単に答えを出せない。
何十年も命を張って大切にしてきた会社を継ぐなんて、その人の人生や積み重ねてきた想いを受け止められない限りするものではない。
そう思っている。
だからこそ基本、お断りだ。
自分の人生だけでも手一杯なのに、自分の人生の倍以上経験されてきた人達の想いを背負うには僕の器が小さすぎる。
社員も役員もいるけど、株式を引き継げる者がいないから、引き継いでくれないか?というお金の要素が比重を占める悩みであれば多少気が楽だが、今回のようにDINKSだったし、残しても仕方ないから財産も引き継いでくれなんてとんでも無い。
チャリティーに提供した方が良いと思ってしまう。
魂は生き続けるから、天から見続けられた日にはかなわない(笑
僕は僕の生きたいように生きる。
ワガママな人生で十分だ。
こういった人達を見てきて、自分自身思うのが、「死期が見えた老人は現役の何倍もの力を発揮する」という現実。
残された奥さんの為に少しでもお金を残そうと頑張る人や、
悔いの無い人生にする為に趣味ややりたい事をやり尽くす人、
何かあったら頼むぜ!と子どもの見守り役をお願いする人、
今回の方のように自分の人生の生き証人を作るべく子どもに伝えるかのように、お父さんの人生をひたすら語る人。
人それぞれの終活がある。
僕は色々な人達を見てきて終活には大きく3つの要素があると思っている。
①もしもの時に備えお葬式会場やお寺さんなどのプランニング(物的要素)
②遺産分与に関するプランニング(財産的要素)
③言付け事項などの備忘録や人生やり残した事をやり尽くすなどのライフスタイルのプランニング(心理的要素)
最期まで自分の人生です。
人はいつか幕を閉じる時が来ます。
その時において後悔したく無い。
だから終活をする。
老衰で穏やかに最期を迎えるというのは、誰もが願う事だと思います。しかしその保証はどこにもありません。
だったら死期が見えてからエンディング・プランニングするより、早くからしていた方が自分の人生の後悔が少ないんじゃ無いだろうか。
少しでも予定通りの人生を歩めるんじゃ無いだろうか。
僕に相談される方は「財産の承継」より
心理的要素 =「 魂の承継 」を望む人達が多い気がします。
自分が現役時代に培った経験や知識、生き様などのヒストリーを後進に伝えたい。
自分の想いを伝承してくれる人、身体は尽きても魂は引き継いでもらいたい。
生きた証を残したい。
これが物欲や名誉欲を超えた最後の欲求だと思います。
今まで仕事を通じて自己実現を成し遂げてきた人達。
高度成長期やバブルを経験し社会を作ってきた人達。
僕らが尊敬し追いかける存在だった人達。
仕事に対する哲学や技術を教えてきてくれた人達。
ホンモノの優しさを教えてくれた人達。
そんな先人達が、ある時雰囲気が変わり、突然重い相談をされる。
それこそ当事者にとっては、悩みに悩み、勇気を振り絞って相談してくれているのが分かるからこそ、軽率な回答が出せない。
全ては僕の未熟さです。
振り返れば、少年時代、祖父母が昔の話しを良くしてくれていた。
何度もなんども同じ話しをしてくれた。
でも色々なことに興味のあった時期なので、同じ話しを何度も聞いていられなかった。
今思えば、2度と聞けなくなるかもしれないんだから、何でもっともっと話しを聞かなかったのだろう。
自分が生きた証を後進に伝えたい。
それがヒトの最後の欲求であり、最大の喜びだと感じます。
もっともっと成長しなければならない。
みんなから期待に添える人材にならなければならない。
だからこそ
夢を語り、明るい未来を創造しよう。
先輩達の魂を引き継いで行こう。
前を向いて生きて行こう。
先人が僕達に引き継ぐように、
僕達が後進に引き継ぐ活動をしていこう。