こんにちは。小野里です。
Wikipediaに寄付しました。
毎年おこなっているのですが、時期になるとメールが届くので、毎年一回は寄付させてもらっています。
----------------------------------------------------------
過去に支援してくださった皆さんがもう一度支援してくだされば、私たちは年内、募金活動に頭を悩ますことなく活動することができます。
YOHEI さま、
ウィキペディアが広告を掲載せずに存続できるよう、お力添えをいただきましてありがとうございます。とてもお忙しい皆さんに、さっそくお願いです。今年もまた、皆さんのご支援が必要です。
募金活動を完了し、ウィキメディアの改善により力を注げることができますようどうぞ力をお貸しください。
私たちは世界で最も大きなウェブサイトの一つを運営する小さな非営利組織です。社員はわずか200人ですが、4億5000万人のユーザーを抱えています。そして運営には、他の上位サイトと同じだけのサーバー費用、光熱費、活動費、人件費がかかります。
ウィキペディアは特別なものです。例えるなら、図書館や公園のような場所です。私たちが考えたり、学んだり、知識を分かち合ったりできる知の神殿のようなものです。
独立性を守るため、私たちは一切の広告を掲載しません。私たちは、読者の皆さんからのご寄付で存続しています。今、あなたの支援が必要です。
ウィキペディアを便利に感じてくださるなら、また1年ウィキペディアが存続できるよう、1分のお時間をください。
感謝を込めて。
ジミー・ウェルズ
ウィキメディア創設者
--------------------------------------------
↑↑↑このようにメールが届きます。
そして、寄付すると下記のメールが届きます。↓↓↓
--------------------------------------------
YOHEI 様
貴重な寄付をお寄せいただき、世界中のすべての人に知識を届ける活動に参加頂きまして、誠にありがとうございました。
私、ライラ・トレティコフは、ウィキメディア財団の事務長を務めさせていただいております。百科事典を278の言語に拡大し、世界中のより多くの人がアクセスできるようにするという私たちのこの一年間の努力は、あなたのような支援者の方々からの寄付によって支えられてきました。私たちは特に、教育を受けるのが難しい人たちの状況改善のために邁進してまいりました。例えば、インドのソーラープルで生まれた、アクシャヤ・アイエンガーがいます。織物業が盛んな小さな町で育ったアクシャヤは、ウィキペディアを主な情報源として学んできました。本は手に入りにくいものの携帯のインターネットは使えるこの地域の学生にとって、ウィキペディアは学習の手段なのです。アクシャヤは、インドで大学を卒業後、今ではアメリカでソフトウェアエンジニアとして働いており、彼女の知識の半分がウィキペディアのおかげだと語っています。
このような話は特別なものではありません。私たちは志高い使命をもち、幾つもの課題に立ち向かっています。ウィキペディアが非営利団体によって運営され、寄付によって成り立っていることを知って、多くの利用者は驚かれます。毎年、ウィキペディアという「人類の知識の総和」をすべての人に提供し続けるために足るだけの寄付をいただいています。この使命を実現可能なものとしてくださる支援者の皆さまに、心より感謝いたします。
ウィキペディアのほぼ5億人の読者、何千人ものボランティア編集者、そして当財団職員を代表致しまして、皆さまに感謝いたします。今年もまた、広告を掲載せず、ウィキペディアを運営することができます。
ありがとうございました。
ライラ
ウィキメディア財団
事務長
ライラ・トレティコフ
donate.wikimedia.org
--------------------------------------------
こうみると日本人らしき名前の方も大口寄付者でいらっしゃるんですね。
--------------------------------------------
魂が震えるはなし
--------------------------------------------
ケンタッキーフライドチキンといえばカーネル・サンダースさんですね♪
1009回の売り込みに失敗して、1010回目にして成功したというお話はあまりにも有名ですが、
その裏にあった以下のお話はあまり知られていないかもしれません。
---------------------------------------------
「ケンタッキーフライドチキン」が創業されたのはカーネルが65歳のとき。
敬虔なクリスチャンだったカーネルは、日々教会に通い、「60歳も過ぎ、最後のチャンスを逃してはならない。どうか神様お願いします」と神に祈っていました。
とはいえ、なかなか成果は上がらず、資金は尽きかけていました。
しかしそれでも、なんとかしたいという必死の思いから、ある日、神にこう言います。
「チキンを売れるようにしてください。売れたらそのお金の半分を神様に差しあげます」
商売に成功できたら、収入の半分という代償を差し出すことを、神に誓ったのです。
・・・それから数日後、驚くべき事に、状況に変化が起きました。
どれだけ頑張っても売れなかったレシピが、様々な幸運により突如売れ出し、カーネルのチキンはアメリカじゅうで大人気となったのです。
そして数年後、カーネルは誓いを守りました。
カーネル財団という寄付団体を作り、教会に財産の半分を寄付したのです。
カーネルの幸せそうな笑顔は、成功した喜びを表現しているだけでなく、人のために生きたという幸福感の賜物です。
だからこそ、どんな困難にも負けず、多くの人に愛され、最後に大きな成功をつかみ取ることができたのです。
-------------------------------------------------
「なぜ、成功者たちはフシギな習慣を持っているのか?」
濱 栄一 (著)
--------------------------------------------------
これがカーネルさんの生き方だったのですね。
では、カーネルさんはお金持ちだったから寄付をしたのかというと、そういう訳ではないようです。
貧しい時代でも、毎月収入の数%を教会に寄付していたようです。
また、テレビに出るようになってからは出演料全てを大学に寄付したり、自伝の印税も全額病院などに寄付していたそうです。
つまり、
稼いだお金を他人のために使うという習慣だったのです!!!
カッコイイですね♪流石ですね♪
自分の収入の数%でも、誰かのために使える人になっていきます!!!
今日の話が、皆様のお役に立てれば幸いですm(_ _)m
