明日からBUローは一週間の春休みで、私もようやくブログを書く時間ができました。
金曜は授業のない学生も多いので、昨日木曜は大きなバッグをかかえて教室に来たり、スキー板をかついでバスに乗り込む学生をたくさん見かけました。今日金曜は、校内ガラガラ


ところが、私は授業(Patent)、あるんですねぇ。
あんのじょう欠席者が多かったですが、ふびんに思った先生がワインとスナック菓子を持ってきてくれました!!!
日本の大学の恩師も気さくな方でしたが、さすがに授業にお酒持ってきたことはなかったな。
授業そのものはいたってふつうだったんですが。ただみんな飲んでるだけ(笑)。
私もついおかわりして赤白飲んじゃいました。


さて、今日取りあげた判例は、Brown v. Barbacid 276 F.3d 1327 (Fed. Cir. 2002)というCAFC判決で、interferenceに関するものです。interference(日本では訳語をあてずにインタフェアレンスと言うことが多いように思う)とはなにかというと、そもそもアメリカは先に発明した人が特許を取れる先発明主義を採用しているたぶん世界で唯一の国なんですが、先に出願した人が特許を取れる先出願主義と違って、同じ内容の発明が相前後して出願された場合にだれが先に発明したかを決めるのはなかなかやっかいなんですね(なぜなら、いつ発明したか、というのは常に明らかなわけではないから)。そこで、それを決める手続がinterference、というわけです。つまり、interferenceは先発明主義を採用しているアメリカ独特の制度、と言ってもいいかと思います(日本の特許法にも39条2項に同日出願の規定があるが、interferenceほど複雑じゃないし問題になることも少ない)。
特許ってのは発明を早くたくさん生み出すための仕組みでして、その意味では先に発明した人がエライ!というアメリカの考え方も素朴な感覚としてはわからんでもない。わからんでもないんだけれども、発明をしたところでその人が秘密にしてたら社会にとってはイミないわけで、早く出願させて社会に還元させる(出願されればいずれ公開される)先出願主義を、日本やヨーロッパなどほとんどの国では採用しています。


この判例は、「発明の着想(時期)に関する発明者の主張は、他の証拠によって補強されなければならない」(でないと水掛け論になるから)というルールに関して、「物的証拠が(も)ある場合には必ずしもその限りではない」としつつ、X線写真の片隅の読めるか読めないかの大きさの手書きの日付や、「たしか10月末か11月初めごろだったと思うけどねぇ。。。」というかなりあやふやな同僚の証言などから発明の着想時期を認定したところがどうやらいちばんのキモのようですが(違うかもしれん。判決文はRader判事によるもので文章はそんなに難しくないが理解はけっこう難しい)、そんなことよりも私が気になったのは、一連の手続にかかる時間の長さ!
Barbacidさんが1990年5月に出願、Brownさんが1992年12月に出願、PTO(特許商標庁)での手続を経て2002年1月にこの判決、その後またPTOに戻って、またまたCAFCにあがってきて、最終的に確定したのは2007年3月!って、あのう、日本だと特許の有効期間って出願から20年なんですけど。。。
出願当時アメリカでは権利化から17年だったと思うので(現在は出願から20年)、当事者としてはダラダラやってたほうがかえってトク、という意識だったのかもしれないけど、膨大な費用がかかるだろうに、どう考えても合理的とは思われません。なお、先生に質問したら、現在でもinterferenceの期間のぶん(半分?)特許の存続期間を延長する制度があるそうです。


おりしも、今週3月3日には先発明主義から先出願主義への変更を含む特許法改正案が三度目の正直だか四度目の正直だかで議会に提出されたそうですが、根強い抵抗もあるようで、どうなるんでしょうね。
少なくとも、ケースブックが4分の1ぐらいは薄くなってロー生は喜ぶことでしょう。
私は恩恵受けないけど。