先日予告したとおり、Bone教授のCivil Procedureの授業の様子を、ご紹介します(いつもカーチェイスのビデオを見て喜んでるわけじゃない、ということを証明しなきゃいけませんので(笑))。
ある日の私のノートは、こんな感じ。
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Settlement Incentives
Suppose:
pπ = 0.75
pΔ = 0.50
cπ = $10,000
cΔ = $20,000
w = $100,000
[American Rule]
π's min. demand: 0.75 x (100,000 - 10,000) - (1 - 0.75) x 10,000 = $65,000
Δ's max. offer: 0.5 x (100,000 + 20,000) + (1 - 0.5) x 20,000 = $70,000
-> Yes
[British Rule]
π's min. demand: 0.75 x (100,000 + 10,000 - 10,000) - 0.25 x (20,000 + 10,000) = $67,500
Δ's max. offer: 0.5 x (100,000 + 10,000 + 20,000) + 0.5 x (20,000 - 20,000) = $65,000
-> No
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え~と。。。なにを論証しようとしてるかと言いますとですね、民事訴訟における訴訟費用(ここではほとんど弁護士費用)は、原則として、アメリカ法では訴訟の勝ち負けにかかわらず双方の当事者がそれぞれ自分の分を負担するのに対し、イギリス法では敗訴当事者が勝訴当事者の分も負担することになっているのだそうです。そしてこれについて、「イギリス方式のほうがより和解を促進するので望ましい」という説があります。この説を実証的に検証しよう、というのが、この回の授業のテーマでした。
本格的な説明に入る前に、まずexpected valueの説明から始めなければなりません。
expected valueとは、民事訴訟における期待価値、とそのまま直訳してしまってよいものかどうか日本法学界での議論を寡聞にして存じないので自信がないのですが、要は訴訟を行う現実的なベネフィットとリスクを数値化したもので、原告のexpected valueは、
pπ x (w - cπ) - (1 - pπ) x cπ
の式で表されます。pは確率、wは訴額、cは費用、πは原告(ちなみにΔは被告)です。式の左側では、訴額wから費用cπを差し引いたいわば手取りの金額がpπの確率で得られるよ、ということを言っています。式の右側では、負けたら得られる金額はなくて費用cπが出ていくのみなので、これが1 - pπ(敗訴の確率 = 1 - 勝訴の確率だから)の確率で出て行くよ、ということを言っています。
この式に上の"Suppose"の数字をあてはめると、
0.75 x (100,000 - 10,000) - (1 - 0.75 x 10,000) = $65,000
となり、この$65,000という金額が原告にとっての訴訟の現実的なベネフィット、言いかえると原告が和解に応じる最低ライン(つまり、訴訟をすると確率的・平均的には原告はどうやら$65,000得られそうなので、それ以上であれば和解に応じたほうがトク、ということ)と推定できます。
他方、被告のexpected valueはこの裏返しで、
pΔ x (w + cΔ) + (1 - pΔ) x cΔ
の式で表され、これに上の"Suppose"の数字をあてはめると、
0.5 x (100,000 + 20,000) + (1 - 0.5) x 20,000 = $70,000
となります。これは原告勝訴の場合(確率50%)は訴額$100,000に加えて費用$20,000が持ち出しで出ていくよ、原告敗訴の場合(同じく確率50%)でも費用$20,000が持ち出しで出ていくよ、という意味です。つまり被告はいずれにせよ出費があるわけですが、この両者を足すと被告にとっての訴訟の現実的なリスクは$70,000になります。言いかえると、この$70,000という金額が、被告が和解に応じる最高ライン(つまり、訴訟をすると確率的・平均的には被告はどうやら$70,000失うことになりそうなので、それ以下であれば和解に応じたほうがトク、ということ)と推定できます。
そうすると、原告は$65,000が最低ライン、被告は$70,000が最高ラインなので、この例では両者は$65,000~$70,000のレンジで和解が可能、ということになります。
以上はアメリカ方式の場合ですが、これがイギリス方式だとどうなるか。
イギリス方式だと原告が勝訴した場合は訴訟費用も被告から支払ってもらえるので、上のcの部分が変わってきて、勝訴のベネフィットは、
0.75 x (100,000 + 10,000 - 10,000)
となります。
逆に、敗訴した場合は自分の訴訟費用に加え被告の訴訟費用も支払うことになるので、敗訴のリスクは
0.25 x (20,000 + 10,000)
となります。
その結果、原告のexpected valueは$67,500となり、アメリカ方式よりも高くなります。
被告についても同様に計算すると、こちらは$65,000となり、アメリカ方式よりも低くなります。
つまり、原告の最低ラインと被告の最高ラインが逆転してしまい、イギリス方式では和解のレンジがなくなってしまいます。
この例では、原告と被告のpとcの数字が違いますが、それはまぁ話をおもしろくするためだと思ってください(笑)。両者で勝訴の確率(の読み)や費用が違うことは、現実にもありうる話です。大切なのは、アメリカ方式では和解が可能であったのにイギリス方式では和解が不可能となった、ということで、この点から、「イギリス方式のほうがより和解を促進するので望ましい」とは言えない、という結論になります。
expected valueの概念は、数字に明るい人から見れば(私は明るくない)いろいろとつっこみどころもあるのでしょうが、紛争解決のメカニズムについてわかりやすいモデルを提示している点で、おもしろいと思いました(企業法務の現場で、応用できそうな気がします)。また、実証的な法政策的議論も、日本の大学で教える法律学(私が知ってるのは十数年前のそれですが)とはひと味もふた味も違っておもしろいと思いました。
なお、このexpected valueの計算をして事案を分析し論証するタイプの問題が試験に出ると予告されているので、しっかり復習しておかなくてはいけません。Civil Procedureの試験は、明日です。