かなり前に読み終わっていたのですが、内容を消化しきれなかったので、放置していました。でも、せっかくなので、引越し荷物にしまう前に、感想を書いておくことにします。
その名のとおりアメリカ法のキホンを平易かつ実務的に解説することで定評のある弘文堂のアメリカ法ベーシックスですが、この「現代アメリカ法の歴史」(モートン・J・ホーウィッツ/弘文堂)は、ちょっと毛色が違います。私は、アメリカ法の勉強を(広く浅く)始めるにあたり、まずは各法分野における主要な判例・学説の状況を押さえておこうと思い読み始めたのですが、そのような目的で読むにはまったく不適当な本でした。
この本は、1800年代後半から1900年代前半にかけて、古典的法思想を批判して登場したリーガル・リアリズムと、それがすぐに直面した課題を扱っています。私の理解したところによれば、法とは本質的に中立的、機械的、非政治的なものであり、裁判官は法を発見し宣言するだけだ、という伝統的なコモンローの考え方に対峙するものとして、法は社会のために存在するのであって、ゆえに政治ともまた無関係ではありえないのだとして、裁判官の裁量と法創造機能を正面から肯定したのが、リーガル・リアリズムだということのようです(この対立は、現象学と構造主義の関係を思い起こさせますね)。
リーガル・リアリズムは、その時代のアメリカにおける経済活動の深化と社会格差の拡大、そしてそれと並行した、法を社会の実態に合わせるべきだという強い圧力に支えられ、ニューディールを頂点として支持を受けたようです。しかしながら、政治との同質性を肯定している点で、後の「法と経済学」とは区別されるようです(「法と経済学」は、市場の中立性を前提としているため、むしろ古典的法思想に近しいようです)。
その後、法が第二次世界大戦期の全体主義に対抗する役割を期待されたことや、リーガル・リアリズム自体の茫漠とした価値相対主義との結び付きなどもあって、リーガル・リアリズムは次の世代への発展的解消(?)を遂げたようですが、ざっとこのような話(責任持てませんが)ですので、この本は現代アメリカ法の一般的な解説というよりは、それ自体法思想、法哲学の範疇に属すると言ってよいかと思います。
ゆえに、冒頭に書いたとおり、実務的なことを期待して読むのはおすすめしませんが、おもしろいことはおもしろいです。特に、ホームズ裁判官の見解の変遷の件などは、ひとりの裁判官の考えがこれだけ変わるのだから、古今東西の判例を整合的に理解しなければならないコモンローというのはなかなかたいへんなシステムだな(というか、ムリなんでは?)、という感想とともに読みました。
なお、福祉国家以前の夜警国家においては富の再分配が行われない、というのは知識として知っていましたが、単に行われないだけではなく、一歩進んで行ってはならないとされていた、というのは、私は寡聞にして知りませんでした。このあたりはもう少し勉強してみたいと思います。