信長は光秀にそう言われて暫くは満足な顔をしていたが、ふと首をげて・・・・
「光秀、その方ワシに上洛し天下に号令せよと申すのか?まぁ、それは良いか゜・・・
大義や仕掛けはあるのか、そうでなければ何のために上洛するのかではないか。」
 信長の其の言葉にも光秀は動じず。むしろ待っていたかの様に・・・・
「されば織田信長様に申し上げまする。それがし実は今、室町幕府十三代将軍゜足利義輝様のご舎弟、足利義秋様にも仕えておりますれば、その義秋様を次の将軍として調停に
推挙いたし、それを大義として上洛されるのが宜しいかと・・・・」
 光秀は、そう言うと更に言葉を続けた。
「今の室町幕府十四代将軍・足利義栄という者は、もともと三好・松永らが自分たちの都合の良い様に国元の阿波から連れて来て祭り上げた傀儡の将軍。現に将軍でありながら 京には姿はなく国元の阿波で采配するという無能ぶり。それに比べて、それがしが会った
足利義秋様は、敵の目を避けるために大和・一乗院に僧侶として入っておられましたが此此度、還俗して立派になられました。仏門に入って居られましたので人の気持ちがわかる方にございまする。まさに室町幕府十五代将軍にふさわしい人物かと存じまする。」
 光秀がそう言うと今まで上洛出来ると思い、上機嫌で話を聞いていた信長か足利義秋が寺に入っていたという話をした途端に烈火の如く怒り始めたのである。
「光秀それは真であるか、その足利義秋という者は仏門に入っていたと聞いたが、ワシは
神とか仏とか、その様なものは一切信じぬ。良いか覚えておけ!このワシに士官しようと思うなら神仏など一切、信じるな、ワシは今までの古いしきたりや慣習をぶち壊し武家が天下のすべてを支配する新しき国を作りたいのだ。そうワシの目標は天下布武。ー。」
 光秀は、この信長の言葉には正直、驚き、そして心の中でこう呟いた
「信長様は一体何を考えて居られるものやら、神も仏も信じずして人と言えようか」
 戦国の改革者・信長と室町幕府や天皇(みかど)や朝廷などの古い伝統や権威を守ろうとしていた光秀、この二人は宗教の上でも考え方においては対立した様に思える。m
 光秀は伝統や格式を重んじ寺社・仏閣への信仰心が深く奉っていた。
 一方の信長は父・信秀の葬儀の時から不甲2年後斐ない自分に抹香を投げつけたトラウ
マがあったので神仏などに一切、頼らぬ覚悟があったのであろう。
 また信長がのちに比叡山焼き討ちを仕掛けたのは表向きは姉川の合戦に破れた浅井・朝倉の残党が比叡山に逃げ込み、匿ったためという説があるが著者は、後に繋がる石山寺との戦いや御仏を竪に過激な行動を繰り返す一向一揆を制圧しバテレンと呼ばれていたキリスト教の布教活動を許したのも単に彼が新しいもの好きというだけではなく、宗門の力を削ぐためであっただろうと著者は考える。
 とは言うものの光秀は一旦、新しく主君として仕えると決めていたから心のなかで思っていても絶対に口には出せなかった。
「信長様、足利義秋様は大和・一乗院の御門跡でありましたが、大和は朝廷のある整地でございますれば決して大和の寺にだけはお手出し無用になされませ。」
「うむ光秀、此度は其の方の申すことを聞き届けるとするか、ワシも早く上洛がしてみたいでなぁ。それでその足利義秋様は今、何処に居られるのじゃ。」
「信長様、上洛がしてみたいという御気持ちが少しでも、あるのなら最愛の妹・お詩様を北近江の浅井長政殿に嫁がせ同盟を結ばれませ、さすれぱ隣国に敵はなくなりましょう。 」
  信長にとって、この光秀の策略は十分に満足できるものであった。
「なるほど市を北近江、小谷城主・浅井長政に嫁がせれぱ、この岐阜の西側には敵は無く自ずと上洛出来るという訳か・・・・その上、足利義秋様を立てて室町幕府の権威を利用しておけば、まだ幕府再興を夢に見る大名を取2り込める。」
「御意にございまする。足利義秋様は今、木下藤吉郎秀吉殿の墨俣城の近くに、某の家臣とともに潜んで居る筈でございまする。」
 

長らく掲載をお休みしていました「光秀の首」ですが何とか私の中で一区切りできましたので

掲載を再開いたします、今後とも ご愛読くださいますようにお願いいたします。遠田俊雄