福岡から全国に⑥「松口月城」(医師・詩吟漢詩) | 牛頸ダムと平野神社の中間からお届けのブログ

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牛頸とは 福岡県大野城市の地名。市域南部の山麓に位置する。古くは牛頸村という一個の村があり、太古には『牛頸千軒七ヶ寺』と称されるほどに栄えていた場所であるという

名の由来を貝原益軒の『筑前国続風土記』で、現在の牛頸地区から見た南の山の形が牛の首に見える

松口月城(本名 松口栄太・雅号月城)は、1887(明治20)年4月1日、那珂川町今光に生まれ、1981(昭和56)年7月16日、満94歳で逝去されました。じつは奥様が自分のひい爺様の妹に当たりまして、亡くなる少し前に本人にお会いしたことがあります。うちは書の額や掛け軸もあります。少年時代の月城は、独学で基礎医学を勉強し、満18歳で医師の資格を取得。これは当時日本の最若年記録となっています。その後、開業医として医業に精進し、地域医療に貢献しました。

また、月城は医療の傍ら、漢詩、書道、南画など多彩な才能を発揮しました。特に吟詠漢詩家としては、我が国の至宝であり、生涯で一万数千首にも及ぶ漢詩を作り、多くの人々の心に感銘を与えました。1万点以上の漢詩を詠みその多くは詩吟の名作として広く語り継がれています。あの「黒田節」の元歌となった「名槍日本号」はとりわけ知られています。またケネディ大統領の暗殺後、その死を悼んだ漢詩が国際的に有名にもなり、同夫人から直々の礼状も届きました。 那珂川町の小学生は学校の勉強で取り扱われる人物です。那珂川のミリカローデンに記念館がありますがhttp://www2.csf.ne.jp/~mirika/index.htm、1月5日までほかの催しが行われてるので作品は見れないそうです。