@落語 #粗品 #傷害容疑#傷害容疑「素人は黙れ、とプロが言う夜」「時速百八十五、心は徐行」 「素人は黙れ、とプロが言う夜」 えー…… 今日はね、 先に謝っとく。 嫌な話をする。 でも安心しろ。 嫌な話を聞きに来てる顔を、 お前ら全員してる。 さて。 M‐1グランプリ。 今年も大盛況。 最高峰。 日本一決定戦。 出てる連中はね、 全員、 人生を賭けてる。 賭けてないヤツは、 準決で死ぬ。 それを見てだ。 スマホ片手に、 「アイツはない」 「点数おかしい」 「昔のM‐1のほうが良かった」 …… お前、 何歳だ。 昔のM‐1が良かった? 違う。 お前が若かっただけだ。 年を取るとね、 感動しなくなる。 でもそれを認めたくないから、 「最近の若手は」 と言い出す。 これ、 芸の話じゃない。 老化の話だ。 今年、たくろうが優勝した。 渋い。 地味。 派手じゃない。 それを見て、 「わかりにくい」 と言う。 当たり前だ。 お前の理解力が落ちてる。 昔はね、 芸を“追いかけて”見た。 今は違う。 芸に“説明”を求める。 テロップくれ。 感想まとめろ。 どこで笑えばいいか教えろ。 …… それ、 芸じゃない。カーナビだ。 粗品って男が言った。 「素人はSNSをやるな」 ああ、 正しい。 正しいが、 もっと正確に言うならこうだ。 素人は、 自分が素人だって自覚してから 喋れ。 今の素人はね、 一番タチが悪い。 「俺、わかってる側」 「俺、冷静に見てる」 「俺、審査できる」 …… 誰が許した。 審査員ってのはね、 席に座るまでに 何百回スベってると思ってる。 何百回、 客に嫌われて、 何百回、 楽屋で天井見てる。 その上で、 点をつける。 お前は何だ。 風呂上がりに、 ポテチ食いながら、 指一本で芸を裁く。 …… 指だけ達者だな。 ネットにね、 “粗品ごっこ”が多すぎる。 毒舌だけ真似して、 覚悟は真似しない。 本物の毒ってのはね、 自分にも効く。 粗品は、 自分が嫌われる前提で 喋ってる。 素人は違う。 「正論言ってる俺、かっこいい」 で終わる。 だから薄い。 だから臭い。 だから芸にならない。 芸ってのはね、 嫌われる技術だ。 嫌われても、 舞台に立つ。 嫌われても、 マイクを持つ。 それができないヤツは、 評論家じゃない。 ただの臆病者だ。 最後に、 粗品はこう言った。 「まぁいいんですけど。楽しくやろな」 …… この一言が、 一番残酷だ。 「楽しくやろな」 = お前らは相手にしてない って意味だ。 プロはね、 素人の声を聞かない。 聞こえても、 聞かなかったことにする。 それができないと、 舞台で立てない。 だから言う。 黙れ。 でも本当は、 黙らなくていい。 喋りたきゃ喋れ。 ただし―― 自分の人生で、 一回でも舞台に立ってからだ。 立って、 震えて、 スベって、 それでも帰らずに もう一回やったら、 その時は、 一言くらい、 聞いてやる。 …… それまでは、 客席で拍手だけしてろ。 拍手はな、 素人でも プロになれる唯一の行為だ。 ――おあとが、 よろしいようで。 2幕目 「時速百八十五、心は徐行」 えー…… この噺を聞いてる皆さんね、まず覚えておいてほしい。 スピードが出ると、だいたいロクなことにならない。 これはね、車だけじゃない。人生も同じ。 ……で、今日の噺は何かというと。 女優さんの話です。 名前は言いません。 言いませんけどね、言わなくても、もう顔が浮かんでる。 日本中が知ってる顔。 朝ドラ、CM、透明感。 あの透明感ってやつがね、厄介なんですよ。 中が見えない。 見えないから、想像で補う。 で、勝手に「清純」だの「可憐」だの言い出す。 ……人間なんて、そんなもんじゃない。 さて、その女優さん。 車に乗りました。 新東名。 直線。 夜。 条件はそろってる。 で、スピードが…… 百八十五キロ。 …… ここで一回、間を置きます。 百八十五。 新幹線か。 いや、新幹線は運転手が訓練してる。 こっちは感情で踏んでる。 人間ね、百八十を超えると、 だいたい「自分が速い」って感覚がなくなる。 世界のほうが遅いんだと思い始める。 で、前にいたのが―― 大型トレーラー。 勝てるわけがない。 勝てると思った瞬間に、もう負けてる。 ドン。 同乗してた男性、骨折。 …… ここまでは、まだ「事故」です。 事故ってのはね、 誰でも起こす可能性がある。 俺だってある。 談志だってある。 高座で噛むのも事故だ。 ところが、話はここで終わらない。 病院に運ばれました。 ここからが、落語的にうまい。 ……いや、うまくはない。 噺として“出来すぎてる”。 病院ってのはね、 人間の本性が出る場所です。 熱が出た時、痛い時、怖い時。 理性が脱げる。 で、看護師さん。 白衣。 冷静。 プロ。 その看護師さんを…… 蹴った。 しかも一回じゃない。 複数回。 …… ここで客席がザワつく。 談志は、ニヤッとする。 「蹴った」ってのがいい。 殴ったじゃない。 蹴った。 人間ね、蹴るってのは、 相当、下に見てる時です。 で、警察が来る。 現行犯逮捕。 ここで世間は騒ぐ。 ワイドショーが騒ぐ。 コメンテーターが喋る。 みんな正義の顔をする。 ところが。 後日―― 不起訴。 …… 出た。 この二文字が出るとね、 世の中は急に、 「わからなくなる」。 事故のほうは略式起訴。 罰金。 まあ、そうでしょう。 でも、看護師への傷害は―― 不起訴。 理由は言わない。 検察は多くを語らない。 語らないってのはね、 語ると面倒だからです。 ここで談志は言う。 「法律は感情を扱わない」 だから面白い。 世間は感情で動く。 検察は制度で動く。 噛み合わない。 でね、皆さん。 ここからが大事。 この噺、 悪者を一人作って終わる話じゃない。 スピードを出したのは誰だ。 踏ませたのは誰だ。 透明感を買ったのは誰だ。 許してきたのは誰だ。 全部、 世間。 芸能人ってのはね、 商品なんです。 人格じゃない。 イメージ。 で、イメージが壊れると、 「裏切られた」って言う。 違う。 最初から、 見てなかっただけ。 百八十五キロ出す人間が、 そのまま静かに生きてると思うほうが、 無理がある。 人間はね、 アクセルとブレーキ、 両方持ってる。 問題は、 どっちが先に壊れるか。 今回壊れたのは、 ブレーキ。 心の。 で、最後に。 談志が一言。 「人生は高速道路じゃない。  制限速度は、  自分で決めるもんだ。」 …… でもまあ、 たいていの人は、 決めた瞬間に、踏み込む。 えー…… そういう噺でございます。