30名以下の企業が信頼できるリーダーを生み出す育成の仕組み

30名以下の企業が信頼できるリーダーを生み出す育成の仕組み

30名以下の企業の育成の仕組み専門コンサルタントの宇城孝佑です。30名以下の企業が社内で信頼できるリーダーを生み出す育成の仕組みづくりのポイントを公開します。

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こんにちは!
 
「30名以下の企業の人財育成の仕組みづくり」専門の
コンサルタント、宇城孝佑(うしろこうすけ)です。
 
僕にはライバルがいます。
 
新卒で同期入社し24才で実家の酒蔵を継ぎ、
「日本一若い酒蔵の社長」として注目された
石川県能登の数馬酒造株式会社の数馬社長です。
 
数馬酒造は”竹葉”というブランドの日本酒を展開し、
数々の賞も受賞しており、
数馬社長も積極的な経営活動から能登の未来を担う
経営者の一人として注目されています。
 
彼とは内定者として21才のころに出会い、
入社してすぐに何故か(?)互いを認め合う存在になりました。
 
「なんかわからんけど、お前はすごい奴な気がする!」
(本当にそんな感じでした笑)
 
そして2人でビジョンを立てました。
2人の対談を雑誌に取材してもらえるようになろう!と。
 
彼は実家を継ぎ、若手経営者として注目され、
雑誌やテレビにもちょくちょく出られるようになっていき、
僕はサラリーマンとして必死になりながらも
彼の活躍を嬉しくもあり、悔しくも感じていました。
 
そしてついに昨年の10月に独立、
同じ経営者という立場になりやっとスタートラインに立てた気持ちです。
 
先週末、能登にお邪魔させてもらい地元の同級生の経営者の方々と
深夜に及ぶまで経営について膝を突き合わせてお話させていただいました。
 
数馬社長然り、皆さんが能登を元気にしたいという想いに溢れていました。
こうした若手経営者が集まることで大きなエネルギーとなり、
地方を活性化させていくんだと感じましたし、
 
そのエネルギーを生み出し、高め、伝えていくことが、
我々のようなコンサルタントという立場の人間の役目なんだと感じました。
 
僕自身ももっと力をつけて、数馬社長と皆さんとともに、
能登を元気にすることにお力になれればと感じました。
 
 
ライバルになって10年、ここからの10年がますます楽しみです!
 
 
 
こんにちは!
 
「30名以下の企業の育成の仕組みづくり」専門、
コンサルタントの宇城孝佑(うしろこうすけ)です。
 
 
「ウチの会社は未来が見えない・・・」
 
「今の働き方をずっと続けていくのは・・・」
 
「自分自身、将来どうしたいっていうのが無くて・・・」
 
 
こうしたお声を仕事柄お聞きすることが多いです。
皆さん、不安を抱えながら働いていらっしゃいます。
 
そうした精神状態では仕事に集中できずに、
いいパフォーマンスは発揮できないですよね。
 
でも、不安は誰かが解消してくれるものではなく、
自分で解消するしかないと思っています。
 
不安は自ら作るものですし、僕が出会ってきた中で、
安心して働いている人ってそれだけ力をつけてきた方です。
 
でも「それやったら力つけろや!」って言っているだけの
会社でも不十分だと思っています。
 
企業としてどのように成長していくのか?
その中で社員にはどのように成長してほしいのか?
そのためにどのような環境を整えていくのか?
 
このあたりは社員を抱える経営者である以上は、
避けては通れない道だと思っています。
 
僕自身も、今はまだ一人で経営をしていますが、
5年後までには15名の体制を作ろうと動いています。
 
採用難が続く世の中において、いかに選ばれる会社になるのか。
選ばれる会社でなければ未来は描きにくいですよね。
自分自身も突き詰めていかなくてはならないと感じる今日この頃です。
 
 
こんにちは!
 
「30名以下の企業の育成の仕組みづくり」専門の
コンサルタント・宇城孝佑(うしろ こうすけ)です。
 
30名以下の組織づくりの中で大きな課題となってくるのが、
停滞した空気感をいかに変えていくのかではないでしょうか。
 
経営者の頭の中には「もっとこうしたい!」があるにも関わらず、
でもウチの社員はそういう熱意も能力もない。
 
そう諦めてしまう経営者にもたくさんお会いしてきました。
 
その点で、今回読んだ野村克也氏の本は非常に参考になりました。
 
 
野村氏は名監督として有名ですが、
実は任されたほとんどのチームが前年Bクラスのチームなのです。
 
つまり戦力も熱意も失われかけているチームを率いて、
戦力の充実したチームに勝っていかなくてはならない状況でした。
 
 
『私は中小企業の親父さんの野球』
 
 
そうご自身を評されているのも納得できました。
”中小企業の親父さん”として大事にしていたのが【言葉】だそうです。
 
言葉によって監督の考えを伝え、言葉によって叱咤激励し、
言葉によってチームを率いていくのです。
 
これは30名以下の企業にも全く同じことが言えます。
 
・社員のモチベーションが低い
・経営者の考えが伝わらない
・結果として売上が伸びていない
 
そのような状況で、どんな【言葉】をかけられるのか。
僕はここも経営者の力量ではないかと考えています。
 
ポイントは「感謝」「承認」「愛情」です。
この3つが伝わっていて、関係性ができていれば、
きっと経営者の想いは伝わるはずです。
 
このあたりの伝え方についても今後、ブログでお伝えしていきます。
 
 
 

こんにちは!

 

「30名以下の企業の育成の仕組みづくり」専門

コンサルタントの宇城孝佑(うしろ こうすけ)です。

 

本日よりブログをスタートさせていただきます。

 

このブログでは従業員数30名以下の企業が、

いかにして社内で信頼できるリーダーを育成していくのかという点に注目し、

組織づくりの面から私としての論や現場での様子を掲載していきます。

 

今回は自己紹介をさせていただきます。

 

氏名:宇城 孝佑(うしろ こうすけ) 

    ※珍しい苗字ですが三重県熊野地方にはチラホラいらっしゃいます

年齢:1986年4月14日生まれの30才 A型でおひつじ座です

家族:妻(なんと中学校の同級生)と息子(まだ3ヶ月)

趣味:野球(小学校から大学までずっとやっていました)、読書、マラソン

    ※マラソンは2017年1月から始めたばかりです・・・笑

 

過去の経歴としては・・・

 

●足立区立島根小学校→足立区立六月中学校

  地元の小中学校で野球に勉強に一生懸命でした!

 

●東京都立城東高等学校

  僕が中学生時代に2度の甲子園出場を果たし「都立の星」と言われた高校。

  「自分も城東に行って甲子園に行くんだ!」と野球漬けの毎日を過ごしました!

  引退とともに「教師になりたい!」と受験勉強開始!

 

●早稲田大学教育学部

  大学時代は野球サークルと予備校でのアルバイトに没頭。

  サークルでは東京ドーム・横浜スタジアム・千葉マリン・神宮球場でも試合を経験。

  予備校でのアルバイトの経験からビジネスや人と組織に興味を持つ。

 

●株式会社ソリューション

  設立3年目の組織開発コンサルティング会社に就職。

  やる気満々で入社したものの落ちこぼれ社員に・・・。(本当に迷惑ばかりかけました)

  気合と根性で経験を重ね、なんとか東京拠点長まで経験。

 

●株式会社ベイル

  2016年、自分自身が30才、子どもが生まれるという節目に独立を決意。

  「人生を夢中に生き抜く!」をモットーに組織づくりコンサルティングを開始。

 

 

ざっくりですが、こんな人間です。

ちなみに社名の「株式会社ベイル」には

「人生に夢中になる」という意味が込められています。

 

※英語には詳しくないのでニュアンスとして合っているかは自信なしです・・・。

 

組織づくりを通して、経営者・社員が未来に希望を持ち、充実した今を過ごせる、

誰もが人生に夢中になれる組織を増やしていくことが僕の使命です。

 

今日のところはこの辺にさせていただきます。

 

 

 

昨日、お会いした経営者の方の言葉・・・


「ウチの社員は世の中を知らないんだよ。」


「自分の殻の中だけでしか考えられない。」


「ウチでは幹部でも、他所にいったら・・・」


「学びに行けって言っても行かないし。」



要は社内が、「井の中の蛙」状態になっている。
こうした憤りを感じている経営者は多いはず。


では、当の蛙はどう思っているのでしょう??


経営者は役割柄、外部の方との交流も多いので、
他社の様子を知る機会も多いでしょう。


ただ、一方で社員の方々は、
基本的には社内で目の前の仕事に追われているので、
そんな危機感は全くと言っていいほどありません。


それが普通の環境で日々を過ごしているのですから。
その状態で「もっと外に学びに行け!」と言われても、






ハッキリ言って、伝わるわけがありません。
前提の認識がまず違うのですから、無理はありません。


井の中の蛙を、いかに大海に連れだす事ができるか、
ここは経営者の手腕の見せ所です!


①無理やり連れて行くのか?


②コンコンと外に出る意義を説くのか?


③大海を知っている蛙を井戸に連れてくるのか?


我々、コンサルタントの役割は③です。
だからこそ、我々はより広い範囲の海を知る必要がある。


世の中の流れは早いので、情報が更新されない、
井の中のコンサルタントは通用しなくなる。


肝に銘じて大海に出ていこうと決意した一日でした。