… 昨夜はあまり良く眠れなかった。 どんより疲れる月曜日。
寝る前にちょこっとiPadをみたら 長いおつきあいで 何というか気持ちの支えになっていたブロ友さんの猫さんが亡くなった、と言う記事を見てしまって。
このところどうしているかいつも気になっていた。 23歳の大往生だったけれど お母さんとしてはいくつになっても可愛い子供と同じ 今年は長くお付き合いがあっていつも当たり前に元気にしていると思っていた子が亡くなった、と言う記事が多いような気がする
私も 本当に大切なパトちゃんとすみこさんを亡くしてしまったし… 消してしまったこのブログの前のブログではちゃちゃまるやパトちゃんとの日々を書いていてお外の子への関心が向いたのもあの子達がいたからこそだった。 今の職場へ転職せずにいたら私は多分 お外で暮らす子達へ目を向ける事は無かったかも知れない。
外で猫を見かけてもただただ可愛いな、ぐらいにしか思わなかったのではないかな。 お外の子に関わってからは知らなかった 外で生きる厳しさや 所謂野良猫 野良猫って言葉は死ぬほど嫌いで使いたくはない言葉ですが一般的には飼い主のいない猫は野良猫、と呼ばれているんですよね。 野良猫って 随分と上から目線の呼び方じゃない? 人間だって動物じゃないか。たかが人間 そんなに偉いか? 人間なんて相当クソ、だよ。
の 現実へ目が向くようにもなった。 色々なことを知るにつれ心が苦しく気持ちも痛くて、と思うけれど そこで頑張って命を全うする猫達はもっと大変だけど猫は自分の命を淡々と生きている。
亡くなった子の事を想うと気持ちが辛い。 団地から連れて帰ったすみこさんとパトちゃんは虐待する人間達に疎まれ 毎日小突かれたりいわれのない暴力を受けても健気に生き抜き私が来るのを毎日待っていた。
色々考えてしまって 今朝はちょっと寝不足な朝だったけれど 保護できた子や うちの子としてこれからずっとの幸せを約束した子にはうちの子になって良かった、と思って貰えるように頑張らなくては。保護から数年しか生きられなかったちゃちゃまる すみこさん パトちゃんと 保護したけれど我が家へ生きている間に連れて帰れなかったあきちゃんの分まで幸せになってもらわなきゃ、ですよね。
大切なのは 何年生きたか、ではなくて どう生きたか どんなに大切だったか 私自身がどのぐらい大切に想っていたか 大事に出来たか、って事なんじゃないかな
って 自分に言い聞かせています。 家の暖かさや悪い人間ばかりじゃないって事を知って貰いたかったんだよね。 本当 亡くなった子達の事を想うと泣ける。
長くなってしまったけれど そんな思いがあるからこそしげるにも捕獲されちゃって 案外飼い猫も悪くないなあ、って思って欲しい。 毎日楽しく 気楽に生きて欲しいなあ。
晩御飯の後では必ず人間のベッドで食休みをします。
寝てる? 寝てますよ カメラを持って行くとこの態勢ですが覗いた時はもうこれ以上ないってぐらい伸びきっていました。
仲良しは
クロコちゃん。 すみこさんとパトちゃんも仲良しだったけれどなんとなく同じような毛色の子って仲が良いのかなぁ? こうやってくっついてご飯の催促をします。
しげる 幸せ? 可愛いなあー
たとえ触れなくってもいい 元気で長生きさえしてくれたらそれ以上は望まない 一人一人が幸せだったらそれでいいんだよね。 みんながいてくれるだけで私は幸せで満足です。
こんな風にのんびりあくびでもしてゴロゴロしてくれていたら良いよ、ねー。
nijiさんの ようこさんのご冥福を心よりお祈り致します。




