1、日本学術会議の会長談話の怪しさ

 

10年半前、2010年8月24日に、日本学術会議の会長が、ある談話を発表しました。

その名も、「『ホメオパシー』についての会長談話」

ぎっしり詰めれば、A4版で1枚に収まるくらいの分量です。

この談話が、ホメオパシーを「非科学的」「えせ科学」と決めつけるもとになりました。

現在、ネット上で繰り広げられているホメオパシーへのバッシングは、これが起点になっています。

 

その後、2012~13年に厚労省で代替療法(統合医療)の検討会が開かれた際も、またそれ以降も、

 

 「日本学術会議(平成22年8月24日)において、『ホメオパシーの治療効果は、科学的に明確に否定されている』との会長談話が出されている」

 

との注記が繰り返し付けられています。

 

 

怪しい。

 

代替療法の中で、ホメオパシーを狙い撃ちにしているところが。

そもそも、ほとんどの代替療法は、科学的な裏づけに乏しいとされているわけで、そんなことは誰もが知っていること。

わざわざ取り立ててこれを言うのは、なぜでしょう?

 

怪しいと思った理由は、ほかにもあります。

 

イギリス王室の主治医は代々ホメオパス(ホメオパシー医)が務めているとか、ドイツでは家庭医の75%がホメオパシーのレメディを患者に日常的に処方しているとか、フランスでは大学の医学部でホメオパシーを学ぶことになっているとか、インドではホメオパシーの大学があるとか、スイスでは2019年秋からホメオパシーを正式な国の保険制度に組み入れたと知る時、日本の厚労省の注記、その大元になっている会長談話が、うさんくさい(疑わしい)ものに見えてきます。

 

 

 

 

私が感じる疑念とは、次のようなものです。

 

「本当は、ホメオパシーは効くのではないか? 病気を治せるのではないか? ホメオパシーで病気が治ったら、製薬会社が困るのではないか? それに脅威を感じた製薬会社が日本学術会議を動かし、厚労省をも動かしたのではないか?」

 

 

 

2、会長談話のレトリック(表現方法)の不自然さ

 

このブログの過去記事「なぜワクチンや薬に賛否両論ある?」で書きましたように、はなはだしい賛否の隔たりがある時、その背後に利害関係のぶつかり合いを疑う必要があります

 

 

医師にも、2通りありました。

患者を思うのか、自分を守ろうとするのか。

 

その際、読み解きの鍵になったのは、冷静な物言いなのか、強引で飛躍気味な論理展開をしているのか、ということでした。

何が何でもワクチンや薬を投与しようとする医師は、次のような論理のすり替えを行っていることが明らかになりました。

 

 危険があるとは断定できない→危険があるとは言えない→危険ではない→ほぼ安全である

 

会長談話にも、似たもの(黒い闇の部分)があるのです。

 

じつは、日本学術会議の会長(当時)がこの談話のもとにしたのは、イギリス議会下院の科学技術委員会で2009年まで検討されていた、ホメオパシーの有効性に関する検討会の結果なのです。そして、その大元になっているのは、2005年に科学雑誌「ランセット」に掲載された、ホメオパシーについての否定的な論文です。

 

じつは、その論文は、ひと言で要約すると、

 

 「ホメオパシーで患者が治っているのは、プラセボ(偽薬効果)に過ぎない」

 

というものです。

 

薬の成分がどのように患部に作用して治るのか、その仕組みのことを「作用機序」と言います。

それが説明できないから、ホメオパシーはプラセボ、つまり気のせいで治っているようなもの、というのです〔局在論的なモノサシで全体論を計ろうとすることに、そもそも無理がある〕

 

おかしくないですか?

治っているという事実は、認めているのです〔=臨床では治っている〕。

治る仕組みがわからない、というだけなのです〔=研究室では解明できない〕。

これがどうして「ホメオパシーの治療効果は、科学的に明確に否定されている」になるのでしょう。

明らかな、すりかえです。

 

 現在の科学では説明できない→科学的ではない→非科学的

 

というすりかえです。

誠実に言えば、「現代(2010年当時)の科学では解明できなかった」というべきでしょう。

 

科学者としては、不誠実きわまりない悪質な世論誘導です。

誰の利益になることなのでしょうか。

 

 

3、日本人に知らされていないこと

 

このブログの中で後日、明らかにしてゆきますが、問題の「ランセット」の論文は、2012年にスイス政府が否定しています(だから、スイスではホメオパシーが政府公認の医療になりました。)

その事実は、日本国内には知らされていませんね。

つまり、2010年の、反ホメオパシーの会長談話は、厚労省内で生きたままなのです。

厚労省は、その後も、(スイスを無視して)会長談話だけを引用し続けているのです。

厚労省も、悪質だということです。

 

私は、このブログの中でたびたび宣言しておりますように、すべての代替療法を、優劣などの序列をつけずに、その効果を検証する必要があるという立場です。つまり、ホメオパシーだけを応援するものではありません。

ただ、ホメオパシーの復権が、すべての代替療法が市民権を得るようになるための(そして保険がきくようになるための)試金石であり、天王山にもなるような気がしています。

 

これを乗り越えないと、今後、どの代替療法であれ、「ガンが消えた」「アトピーが治った」などという症例がどんどん報告されるようになると、ホメオパシーと同じように、近代西洋医学(製薬会社)からつぶされるに決まっているのです。

 

たぶん、ホメオパシーは(あるいはその一部は)、本当に治す力があるようなのです。

だから、それに脅威を感じた側がつぶしにかかっているのです。

会長談話の不自然な飛躍が、そのこと(黒い意志)を如実に物語っています。

 

 

4、会長談話の罪深さ

 

きょうのタイトルは、「私たちは志村けんさんを失わずに済むはずだった(のではないか?)」です。

(のではないか?)と弱気なのは、代替療法で治るという確証がないからです。

でも、会長談話のせいで、効果を検証する芽さえ摘み取られてきたのではないでしょうか?

会長談話が、可能性を閉ざしたのではないでしょうか?

 

代替療法のすべてが治るとは言いません。いかがわしいものもあるでしょう。

ただ、海外で認められているのに(中には保険さえきく国があるというのに)、日本ではこの10年間、治療効果を検証する機会さえ奪われてきたのです。

 

バーブで、アーユルヴェーダで、セッションやカウンセリングや施術で、「人体内部の赤色部分が青色部分に変わりました」などと検証がなされる機会があったら、この10年間で医療や健康科学の世界はずいぶん違ったものになっていたのではないでしょうか?

 

 

 

とくに、新型コロナのような感染症の場合、局在論的な近代西洋医学はまったく無力であることが明らかになってきました。人体のネットワークを健康体に戻そうとする代替療法が、パンデミックには有効だったのではないかという思いが、どうしてもぬぐえません。

 

 

 

 

 

5、これ以上、失いたくない

 

さて、志村けんさんのお名前は、一つの象徴として出させていただきました。

ほかにも、岡江久美子さん、和田周さん、岡本行夫さん、勝武士さん……惜しいかたをたくさん失いました。

お顔を思い浮かべただけで、涙が出てきます。

 

直接的なコロナ被害でなくても、会社の倒産、失業、それに伴う自殺、スポーツ選手の不本意な引退などなど、私たちの失ったものはあまりにも大きかったはずです。

近代西洋医学(製薬会社)がスタンドプレーしようとしなければ、私たちは大切な人、モノ、時間、機会を失わずにすんだのではないでしょうか。

 

談話をお出しになった会長は、すでに故人です。

おそらく会長は、周囲に利用されただけだと私は見ています。

黒幕がいるということです。

その黒幕は今ごろ、「自らの利権を守るために国を亡ぼすような、とんでもないことをしてしまった」と、後悔しているでしょうか。

 

〔すぼらな私、これまで1週間に1回くらいしか記事をアップしてきませんでしたが、これから1週間ほど、会長談話にまつわる記事を連日アップする予定です。本気です。〕