昨日ある患者さんが亡くなられました。
以前ブログにも書いたおばあちゃん→★
癌とずっと戦ってきて、命を全うされました。
私が撮った写真をすごく喜んでくれて、私の顔を見ると嬉しそうに話してくれて。
私は患者さんが亡くなられるとき感情的になることはほとんどないです。
高齢の患者さんばかりなので、むしろ人生を全うされたことに、光に帰られたことに敬意の気持ちしかありません。
いつも「お疲れ様でした。十分にがんばられましたよ。」という気持ちです。
この方に対しても同じ気持ちですが、写真を撮ったときのことや嬉しそうに話していた時のことを思い出してしまい、涙が溢れてきました。
でも泣くのは私は嫌。
泣くのは違うような気がして。
尊敬の念で穏やかな顔で見送ってあげたいから。
つまらない私のポリシーです。
それでもやっぱり辛かったなあ。
さみしいです。
でもさみしいと思うと、その方を引き留めてしまうような気がして。
死は穢れでも、永遠の別れでも、怖いものではなく、
生あれば必ず死がある。
皆が通る道。
生と死は隣り合わせ。
そして輪廻転生はあると思っています。
これが私の宗教観。
この仕事をして、自分の宗教観って大事だなあと思います。
そうでないと、死が恐怖であったり、嫌なものであると心がもたないから。
と言いながらも、やっぱり辛いこともあるけれど。
そして虫の知らせ。
このおばあちゃんの意識がなくなって、血圧も測れなくなって、下顎呼吸(最後の呼吸)になってきたとき、家族に連絡しても誰も来ようとしなくて私はヤキモキ。
そんなとき、この日退院したばかりの旦那さん(90歳)が偶然に面会に来られたのです。
そしておばあちゃんの最期を看取られました。
誰からも何も聞いていないのに、亡くなる15分前くらいに来られるなんて。
人の死は誰にも予知できないし、看取れる確率って本当に低いのに。
すごいタイミング。
虫の知らせ。
おばあちゃんが旦那さんを呼んだのかもしれませんね。
Mさん、お疲れ様でした。
あなたに出会えたこと、感謝しています。
苦痛なく、穏やかにお過ごしください。
ご冥福をお祈りします。
