「ショーガール」

細川俊之さんの代表作である。


その細川さんが2011年1月14日に亡くなられた。


驚きとともにとても残念です。


「ショーガール」はもう随分まえにピリオドを打たれた舞台である。

でもこの舞台の後にはこのような舞台はなかったと思う。


この舞台の事を何時、どのように知ったのかは覚えていないが

どーしても観てみたいと思った舞台で何度かみることができた。


そんな中でこんな思い出が・・・。

あるデパートにこの「ショーガール」のポスターが貼り出されていた。

どーしてもそれが欲しかった。

その時に、そのデパートの警備員の方が母の知り合いだった。

そこで偶然あった時に「ポスターが欲しいDASH!」とお願いしました。


そうすると公演終了後にはデパート中のポスターを剥がしておいてくれた。


多分今も丸めてどこかに置かれていると思うチョキ


このショーガールがあった事から細川さんは好きドキドキな俳優さんとして

沢山の舞台を観たみました。


いやショーガールがなくても好きドキドキな俳優さんであったと思う。

そしてどの舞台でもあの美声を聞かせてくれた音譜


随分前の舞台でが・・・確か「ラカージュ・オ・フォール」

体調が悪く降板だったか交代だったかしたことがあった。

その時知り合いに「細川さんじゃないほうがいい」と言われて

残念に思ったこともあった。


俳優は皆同じではないから違う方が演じる事をみる楽しみはある。

しかし、その人ならではの楽しみもある。


木の実ナナさんが”戦友でした”とコメントされていた。

確かに舞台ではナナさんは自由に楽しく舞台にいた。

その横に細川さんが見守る感じでいつも隣にいた感じがしていた気がする。


今こうして思ってみるとナナさんの横はやっぱり細川さんでなければだめだったと思う。


そして・・・。

人間はだれでも老いていくもの。

役者さんの場合、何才になったら舞台にたたなくなるかはまったく個人によるもの。


細川さんは何時が最後の舞台だったか思いだせないくらいだしょぼん


だからではないがやっぱり沢山舞台を観られたらと思ってしまった。

演じる方も悔いがないようにでしょが観客も悔いがないように。


「ショーガール」とっても素敵な素敵な舞台でした。



最後に


ご冥福をお祈りいたします。


合掌


そこは雪国雪だった。


今朝は昨日から降り続いていた雪が積もり雪国になっていた。

特に我が家は通りから一本奥へ入ったところに家があり、

また行き止まりの所になるので・・・。

朝一度外へ出たら足跡が一つもない。


ああ、まだ新聞もきていないのね。


と言う訳でいつまでも雪国状態である。


困ってしまうことは世間の状況がわからないことである。


通勤は何時も車車なのだがどんな状況で車で出勤できるのかしらはてなマークはてなマークはてなマーク

が解らない。

そして最後の難関、事務所へ行くのには決まった人しか通らない急な坂道。


困ったぞ・・・。


そんな悶々とした時間に主人の携帯がなる。

どうやら部下の女の子が雪だからお休みするとの報告だった。


なに~プンプンと横で怒りなが私もどうするか悩み中。


取り敢えずは車で行く事を大前提に悩むも状況はわからない。

事務所に何度も電話をするが誰もでない・・・・。


時間だけが過ぎて行くので他の事務所に行っている上司に電話。

がどーも機嫌がわるいのでこちらもプンプンとなり「行ったるで~」と

そそくさと支度をして長靴履いて駅まで20程歩き電車とバスで通勤しました。


駅に着いたらホーム中に人があふれていて電車に乗れるか不安になったが

すぐ来た電車に全ての人が押し掛けたわけでなく、以外にきゅうきゅうにならずに乗れた。

またバスにもすぐに乗り換えることができた。


バスを降りて事務所へ向かう。


事務所へは10:15頃到着した。


事務所の周りも沢山の雪雪が残っていて雪国だった。


夜家に帰宅してみると案の定雪が残っていてまだ雪国の名残が残っていた。


我が家は朝から晩まで雪国だった。にひひ


明日は車で出勤しまーす。


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お気に入りの本本を見つけたときにつぶやけたらと思って・・・。

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