しんたろうのブログ -3ページ目

日本海

上越新幹線に乗って日本海側に行けば、墓がある。

 

先に母が入っている。今度そこに父が入る。

 

コロナのせいで葬式もこじんまりとして、火葬された骨壺を持ったら意外に温かかった。父の体温のように感じられた。

 

 

 

 

オヤジ、1年以上経ってようやく気持ちの整理がつき始めてきたよ。

 

でもね、家でふとオヤジの気配を感じるときがあるんだ。

 

来てくれているの?

 

心配?心配だよね?こんな甘ちゃんのオッサン一人残して逝くのは。

 

今日も空が青いよ。そっちから見えてる?

 

見えてるならサインを送って。安心できるから。

 

心療内科にかかって薬もらってるから夜は眠れてるよ。

 

でも時々夢に出てきてくれるのは困るなあ。目が覚めると現実に戻っちゃうからさ。

 

もっと迷惑かけてわがまま言って、俺が愛想つかすくらい嫌なオヤジでいてくれたらまだよかったのに。

 

今度はもっと立派な子供の父親になってるかな。

 

俺じゃオヤジの息子の資格なかったよね。

 

さみしいよ。オヤジ。

 

 

父の死16

今でも波のように押し寄せてくる悲しみがある。

 

父が死んだ。濃密な2年間だった。あれほど嫌いだった父を許せる自分がいる。

 

こんな俺を育ててくれた父。どこまでも俺を信じてくれた応援団長の父。

 

今もこうして生きている俺の背中に1本筋が通っているのは父の存在だと思っている。

 

独りになった。兄弟姉妹がおらず親戚もいない俺は天涯孤独になった。

 

孤独とは何てさびしいものなんだろう。

 

自由だけれど、自由とは何か囲いがあっての自由だと思うのです。

 

もう俺が何をしようとどう生きようと、のたれ死のうともそれは自由なのです。

 

オヤジ。あなたの息子であることに恥ずかしくないように生きていきたいけれど

それでもくじけてしまうそうになるのです。

 

50を過ぎて孤児になったよ(笑) これからどう生きていくかそっちから見ててよね。

 

母さんとは会えた? ずいぶん待たせたからたくさん話をしてください。

 

そしていつか俺がそっちへ行ったらまた3人で家族になろう。

 

でも、オヤジ、やっぱり生きていて欲しかった。まだまだ怒って欲しかった。

 

そんなことを考える俺はまだ甘ちゃんの子供です。

父の死15

モルヒネを使い始めた父は骨と皮だけのやせ細った体になっていった。

背中を撫でるとごつごつと骨が当たる。

 

こんなに痩せて、悲しくなってくる。

 

部屋からは電車が見える。元気だったころは夜に外の電車を見て、あ~仕事から帰る人たちがいるんだなあ。夜行列車みたいだなと言っていたのにもう外の景色も見ることはできない。

 

知人が見まいに来ると父は残されたわずかな意識でそれに答えた。拳を握ってガッツポーズをみせたり握手を求めたりした。

 

医師には、覚悟してくださいと言われた。

 

8月を乗り切り、9月に入ったある日いつものように見舞いに行った。

 

するといつものように寝ている父が急にパッと目を見開いて「〇〇!!」

 

と俺の名前を呼んだ。そしてまた眠りについた。

 

これが父との最期の意思疎通だった。

 

あとは頼んだぞ!ありがとう!父のすべてを気持ちがあの叫びに詰まっているように思えてならない。

 

月曜日、いつものように出社した俺の携帯が新宿駅で鳴った。

 

父が死んだと。