女はいきなり、
『ここじゃなくて良いんでしょ』と冷めた声でぼそっと呟いた。
この時の私は、女の思いがけないこの言葉に、
一瞬だが息が詰まり勝手に涙が溢れ、
苦悩と悲痛で顔が歪み、
漸く巡り合えた珈琲を目の前にしていると言うのに、
笑うことも怒る事も出来なくなってしまった。
詰まりは、
女が持つこの言葉の意味や、女の気持ちをこの時ばかりは何も考えていなく、
結果、後の祭りとなって仕舞う事は無いのだけれど、
何故あの時あんな言葉を聞いて仕舞ったのかと思うと、私の配慮や思い遣りが足りなかったからかもしれない。
しかしこればかりは仕方がない。
しかし再び、図星だったのかもしれない。
確かに私は珈琲さえあれば何も望まない。
それくらい大好きで、
一生寄り添いたいと本気で想ったくらいに大好きになって仕舞った。
もうどうにも止まらない。
私はただ珈琲の側にいたい。
可能であれば、ずっと側にいたい。
こんな気持ち、実は、初めてのこと。
この私が嘘偽りなく言える、
胸を張って声を大にしてまでも言える、
たった一つの事実なのだ。
何故だか解るよね?
私は、ただの通りすがりの女で、
珈琲がある場所なら何処にでも現れる、
その名も珈琲女と言えども、
珈琲女様だからに決まっている。と声に出して実際に言ってみたい。
漸く巡り合えたたった一つの珈琲。
そんな私の大好きで大切な珈琲に、
何故女はそんな事を1人呟くのだ?
私へのあてつけか?それとも私が無自覚に呟いていたのか?
ただ、
私の大好きな珈琲を1人ぼっちにさせないだけ、
まだマシな女なのかもしれない。
けれど、それでは1人ぼっちの女も私も、
気持ちが入れ違ってる感じがして何だか凄く寂しい気がするではないか?
しかし翌々考えてみれば、
女が珈琲を飲む時間を、
私は、他の誰よりも大切に必要としている事を知っているつもりでいる。
女にとって珈琲を飲む時間は、
女が何者でもなくいられる、ただの女でいられる、
かけがえのない大事な時間になるからだ。
それは私も一緒。
それなのに何故私はこんなにも心が揺れる?
まさかとは想うが、
私と女が同じ匂いがする者同士になり、
歯車がピタリと重なりあったような二人になるからなのか?
解らない。解らないけれど私は珈琲が好き。
そして女も珈琲が好き。
したら好きと言う気持ちは理屈ではないのかもしれない。
そう言えば、過去に女が1人呟いていた事を思い出す。
苦味も甘味も見方に寄れば別物だけど、
この2つが交ざりあえば表裏一体となり同質にもなるのだと。
だから私たちは同じ匂いを嗅いでられるのだと。
不思議だった。
女の目には珈琲以外に私の姿が見えている事になる。
そんなことは奇跡でも起きない限り、
絶対にあり得ないのだ。
でも私はいつでも女と大好きな珈琲が見えている。
(女の朝パート263.264.268.278.296.306など参照。
通りすがりの女シリーズの裏版、呟く女シリーズ
完