『女の朝パート137』 | ☆らんちゃんブログ☆

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落花流水。今在る事の意味や流れを感じながら、自由に書いていきます☆

『はい、どうぞ』
女はにっこり微笑むと、おんなの前に珈琲を置く。
『えっ?!頂いて良いのですか?!』
おんなはマグカップを持ち上げ、
自分の小鼻が膨らみ、
肺が横に拡がる所まで珈琲の香りを嗅ぐ。
『そんなに嬉しいこと?子供みたいね!』
『何だか懐かしくて。』おんなの頬が紅く染まる。
そしてマグカップをテーブルに戻す。



『あの頃はこれが当たり前に存在していたの。
訳もなく苦い珈琲を美味しいと言いながら飲んでいて、
それでもやっぱり何も喋らないで、
椅子に座ってさえいれば良かった。
色んな人が沢山いたけれど皆が赤の他人。
三者三様、それぞれどうでも良い事をやっていたけれど、
不思議と居心地は良かった。
自分からすればちっとも重要ではない。
そして自分事だったと気がついた。
それでも珈琲を飲み終えた後は、真剣に向き合って過ごしていたわ。
大きな窓ガラスがある席では、
果てしなく広い空を眺めながらぼ~っとすることも許された。
毎日コロコロ変わるお空に気持ちが沈むこともあったけど、
珈琲の香りは然り気無く私の鼻に入り、
私の心と身体を癒やしてくれていたのね。
凄く充実してて楽しくて、
とてもじゃないけど珈琲の言うお飲み物は、
この世のものとは思えない位に
重要な香りだった気がするのよ。
要するに、
あの頃の私は珈琲の香りをスタバで嗅いでいたのね。
懐かしい。そしてなんて、good smellなの。』

女は、思いがけず渡された珈琲の香りによって、
過去の記憶を思い出していた。
good smell。おんなの発音は中々のものだった。
良い発音ねと想いながらも女は黙っている。

~現在問題となっている新型コーの被害者が新たに発見され、その数は日増しに増えているようです~

突として耳に入ってきた言葉に、
本能的に身の危険を感じた獣が、
牙をきっと向くときのように、
おんなは咄嗟に怒りを露にする。

それを見た女は、マグカップを持ち上げ、
おんなの手にそっと握らせる。

『今だけは、、、
今だけは、香りが無くなって仕舞う前に、
この珈琲を飲んで大人しくすごしていましょう。
何があったのか知らないけれど、
あなたには美しい思い出があるじゃない。
それがあったらきっと大丈夫。きっと、、』

女は、珈琲を飲んだおんなを見届けると、
テレビ画面に視線をうつし拳を強く握った。



完。