女は床の上で目を覚ました。
意識が戻ってきたみたいだと想いながら、
何回か瞬きをするも涙が溢れ視界がぼやける。
今何時だ?
女は暗闇の中、
時間を確かめるべくスマフォを手探りで探す。
馴染みある物体が女の左手に触れる。
『あっ』
好きな人の手に思わず触れてしまったあの時のように、
女は自分の胸が高まり、思わず、あっ、
と声を出してしまった事に、
微かな恥ずかしさを覚えたのだった。
初恋はいつだったのだろう?
女は涙が溢れる眼で、
遠くの方へと意識を向かわせようとする。
その時だった。
いきなり誰かに頭を叩かれた時のような痛みが、
後頭部辺りにあっという間に拡がり、
女は途端に、自分の喉が酷く渇いている事に気がついたのだった。
喉の奥では舌が張り付き、
思うように声が出せなかった自分のことを怨めしくすら思った。
あっ、初恋は今関係ない。そしてこれからも関係ない事だった。
女は少しずつ、
自分の頭が正気になる喜びを実感し、
目先の目的があった事を思い出した。
『Siri、今何時?』
喉の渇きから、女は尚も思うように声が出せない。
それでも、身体の底から、
そして魂の叫びのような気持ちで自分のスマフォへ必死に問いかける。
Siri、今何時?
Siri?
Siri?!!
スマフォは何も喋らない。
女が諦めようとしたその時、
何故かおんなの声が女の頭の中で聴こえてくる。
あなた、ここにSiriはないわよ。
それに、Siriを持ってないでしょ。
女は悲鳴をあげる。
後頭部辺りの痛みが益々現実的なものとなる。
とりあえず身体を起こさなきゃ。
コンタクトレンズを装着しなきゃ。
洗濯機まわさなきゃ。
朝ごはんに、そして、そして、そして、、。
女はいそいそとやるべき事をする。
頭で考えるよりも先に馴染みのあるいつもの、
やるべきこと、そしてやらなければならないことをする。
数分後。
女の視界は開けていた。
そして、金の握りのついたマグカップの中に、
珈琲を入れ、
何事もなかった、なにも起きていない、
ただ、頭がちょっと痛いと想いながら、
何故か少し笑った。
朝の珈琲は、
いつ何時も、
何にも変えがたい唯一無二の素晴らしい贈り物だと思ったからだ。
例えプチ二日酔いだったとしても、、、。
完。