女が何処にいたのか忘れてしまったが、
その女が椅子に腰を下ろし、
その椅子に女が自分の背中を許しながら、
寛ぎの時間を楽しんでいるとき、
その女の背後から声をかけたおんながいた。
二人は初めて逢う間柄なのか、
これと言って特別な関係や親密さはなく、
むしろ、通りすがりの、とか偶々と言った言葉が相応しい接見だった。
その時おんなは、女に向かって、これ使ってというと、
レシートらしきものを女の手に握らせると、
その場からさっさと立ち去って仕舞ったのだった。
いりませんとか、これ何ですか?と言い返すことも出来ないくらいの、一瞬の出来事だった。
女は訳がわからなかったと思う。
立ち去るおんなの背中を、
ただ眺め、ただ見送る事しかしなかったから。
初めから一人なのに、
女はこの時ばかりは余計に一人の寂しさを感じ、
おんなが残したレシートを中身を見る事で、
思いがけず沸いた心の寂しさを、
とりあえず動く事で紛らせようとしたのだった。
女はレシートに視線を移すと何故か笑った。
きっと、レシートには女が読める位の簡単なローマ字と日本語と数字が書かれていたからであろう。
しかし女にとっては一大事である。
とりあえず女は歩く事にした。
歩くだけでは飽き足りず、軽く走る事にした。
軽く走っていると、いつの間にかダッシュまでしていた。
山を越え、谷を越えるように、
女の心臓は知らないうちに、インターバルトレーニングが出来るだけの体力と気力がついていたのだ。
目に見えないものに向かってパンチもキックも出した。
それから、数分後、女が漸くたどり着き、
導きだした答えは、
このレシートはone moReレシートに為り得て、
これを持ってスタバに行けば、
108円で珈琲を飲めると言う、
女にとっては夢のようなレシートだったのだ。
女は緊張した。
夢にまで見た憧れの聖地。スタバ。
いつか必ず行こうと誓っていたスタバ。
それが、思いがけないおんなとの出逢いで、
意図も簡単に今日叶って仕舞ったから。。。
女の頬は紅く染まっていた。
生の喜びを全身で表しているようにも見える。
ここは立川駅の、
駅ビルグランドゥオ2階にあるスタバである。
これまでスタバに来たことがなかった女だったのか、
そんな女が、
先に来ていたオンナの隣に座ると、
やったぁやったぁと、始終一人ぶつぶつ呟いていた。
そんな女の事がいよいよ迷惑になったのか、
オンナは重だるそうに腰をあげると、
不服そうな顔をし、その場からさっさと立ち去って行って仕舞う。
これを不運と捉えるか幸運と捉えるかは、
オンナ次第だけれど、
オンナの不運はやったぁやったぁ女が原因ではなく、
その女にレシートを渡したあのおんながそもそもの原因かもしれないと言うのに、
ただ、根拠もないのに、
オンナの事を不運って思って仕舞ったわたしの頭がどうにかしているのだろうか?
完。