そう。空が晴れていた。
その記憶だけが僕の頭の中には残っている。
いつものように僕は会社へ向かう電車の中にいた。電車というより蒸し風呂に近いかもしれない。身動きはもちろんできない。いやできるには出来るが、ポケットからハンカチをとろうと腕を動かしたときには後ろ隣りから舌打ちが聞こえてくる。
ここからは見えないが電車のイスには彼女が座っているのがわかる。携帯電話にその旨がメッセージとして伝えられる。僕は首を動かして彼女を探そうとするがそれはことごとくすべてが無駄骨と終る。次の駅で黒い服の男たちの全員が下りればいいのにと思うのだが、願いがかなう程現実は甘くない。むしろ現実は自分の思ったことと反対のことを仕掛けてくる。人が次々とやってきては僕の体を徐々に徐々に圧迫している。
再び携帯の画面を見る。彼女からのメッセージ。
「痛い。でる」
「いや、だいじょぶかも、いやだめかなあああ」
僕の心臓が裂かれる。血が肺に詰まって呼吸ができない。手をかき分け足を突出し放り出し前へ前へと突き進んだ。藪の中を突き進む戦車のように。周りなんて見ていなかった。
彼女が目の前にいた。眼をつむって頭を胸に垂れて。両側の中年の男は一人は折りたたんだ新聞に目を通しもう一人は携帯の画面を素知らぬ顔で覗いていた。