東方神起との出会いが韓国留学へ Part2~専門学校から韓国の村へ~
皆さんこんにちは!U'sです^^海外へ旅行やビジネス以外で行ったことってありますか僕は専門学生時代、韓国で貴重な経験をすることになりました専門学校に入学してもうすぐで夏休みという頃、急に2人の2年生が教室に入ってきました。入って来るや否や・・・2年生「安くで韓国に行きたくないですかー」急すぎて僕も含めクラスの全員びっくりして口が開いたままでした(笑)詳しい話を聞いてみると、”韓国の田舎の村へボランティアしに行く”というものでしたどうやら毎年行われていてその2年生も1年の時に誘われて行ったとか。。。しかも日本人だけじゃなくて韓国の学生と一緒にするっていうじゃないですか!・安くで韓国に行ける・韓国人の友達が作れる・なんとなく修学旅行感があるという理由から軽い気持ちで行くことを決めました学生だけで行くのかなっていう不安があったのですが、ちゃんとボランティア団体(規模は小さいですが)を通していくものでしたアンシンダ団体の方から詳しい話を聞くうちに最初の軽い気持ちが少しづつ重くなってきました。。。 村というのは”ただの田舎”というわけではなくて、ハンセン病を快復された方達が自立して暮らす”定着村”という場所だったのです。ボランティアと聞くと中身が曖昧ですが、要は村の方、それから韓国の学生達と協力して村のお手伝いをするといった感じですね定期的に団体の人含めみんなで集まってハンセン病に関する知識やボランティアの打ち合わせをしていきました。ボランティアは10日間で、生活は場所以外全て自分たちで何とかしないといけないので、それぞれみんな役割を決めて過ごすというものでしただ、段々不安が。。。。全体をまとめるリーダーとか、ご飯係とかいろいろあったのですが僕が選んだのは・・・レクリエーション係です10日間のなかで息抜きとして時々みんなで遊ぶ時間を設けるんですけど、その遊びの内容を決める係なんです楽そうに見えて地味に大変な係でした(みんながちゃんと楽しめて且つ息抜きになる遊びを考えたりetc...)そんなこんなで色んな事が決まりいよいよ渡韓する日がやってきましたが、ここでも不安が・・・打ち合わせの時点で知ってたのですが、安い理由の一つがその渡韓方法です。そう、船です船ってだけなら全然大丈夫だったんですけど色んなことが重なってたんです・・・・セウォル号沈没事件の約4か月後だったこと・台風が接近していたこと当時僕よりも親のほうが心配してましたみんな不安でしたが中止になることはなく船は出航・・・大阪港からの出発だったので約1日かかりました船でそんな長時間過ごすのも初めてでしたし船も大きくてみんなでずっと探索してましたとはいえ台風も来てたのでめちゃくちゃ揺れてました(さすがに怖かった...)そんなこんなで無事韓国に到着しました港から高速バスから市営バスへと乗り換えて村へ到着。。。村でのボランティア生活の幕が開きました