
先日学校行事でマラソン大会がありました。
私は仲のいいママ友がいないので、同じ学年のお母さんたちとあいさつを交わすくらいで同じ行動はとりませんでした。
自分的には気楽でいいのですが、どこか寂しいような気を遣うような…。一人で行動しているので気を遣う相手がいないはずなのに、その場の雰囲気に気を使っているのでした。
ほんとう馬鹿馬鹿しいよね![]()
でも確実に気を使ってたの。私の近くに少しでも知っているお母さんがいればあいさつしたらいいかな?とか、でも向こうは他のお母さんと話しているし…とか。私の頭はフル稼働!
一人だと気楽なはずなのに、誰も仲のいいお母さんがいないと思われているかも?とか謎の見栄まで出てきて…
果てしなく疲れました![]()
で、娘はクラスで中ほどの順位を狙っていたにも関わらず、結果は下から三番目。
学年の控え所では一人でぼーっとしていることが多く、親としては友達とコミュニケーションが取れていないじゃないかと心配に。
その気持ちがどんどん膨れてゆき、娘の勉強の遅れや娘がお友達に言われたこと等、いろんな不安材料が頭の中を占領していきます。
特にお友達との交流は私の過去の経験からも心配してしまう傾向はあり、習い事に通わせて交流させねばと思ってきたのでした。
でも考えているうちに、自分は今の娘を変えようとしていることに気が付きました。
控室では友達とコミュニケーションをとれる子は良くて、取れない子は良くない。
勉強もスポーツも秀でるものや得意なものがある子は良くて、ない子は良くない。
こう考えていたのです。
まぁ、一般的にこう言う傾向ありますよね。
実の親の私がこういった考え方で子供を変えようとしているです。
親のエゴなのですよ。
大人になったときに困らないようにといい、今は勉強をさせ、スポーツをさせ。友達とは仲良く遊べという。
これって…根本にあるのは親の不安ですよ。他人と自分の子供を比べて、できてないところを粗さがしして不安になって、それを埋めるために子供に習い事をさせたりしようとする。習い事をさせればコミュニケーションとれるようにかるかも、得意なことがみつかるかもとその場しのぎの行動はとれますもんね。
でも、親自身がこの気持ちに気づいて自分の気持ちをほどいていかないと何も変わりませんね。また同じことで悩むでしょう。
親としては自立心を育て、大人になったら自分で稼ぎ生活してほしい。ってことなんですけどね。
自分だった勉強はしてこなかったし秀でるものや得意なことはなかったですけど、友達もいるし困ったときは頼れる人もいる。これでも学生時代は友達関係で苦労したし、アイデンティティの形成も十分ではなかったと自負しているので大きなことは言えませんが、それでも自立した生活や人生を送れていると思っています。
だったら要は、勉強をやることでも得意なことをみつけることでもない気がするなー。
私の小学生のころは勉強はやった記憶がなく成績も悪く秀でるものなかったけど、親に勉強をしろと言われた記憶も習い事を無理にさせられた記憶もない。
ピアノとスイミングは嫌になったタイミングで辞めていた気がする。
つまり子供の好きなことをやらせて、勉強もわからないところは教えるくらいでいいのでは?
得意なことってすぐに見つからないし、体験教室とか子供が興味を持てるようなことには参加していけばいいのかな![]()
そもそもさ、子供が健康だからここまで考えるんだよね。
もしさ、病気で入院してたら
ここまで考えないよね。
まずは生きてほしいと願うはず。
不登校ならまずは学校に行けるようになって欲しいと考えると思う。
あ!
あともう一つあった!
上記に記した良いとされている子どもに娘がなることで自分の評価を上げたいという気持ちもあるのかも?
きっとこれもありますね。
娘を通して自分を見ているんですよ。これ確か心理学で用語があった気がするなー、なんだっけ?![]()
今日、自分の不安な気持ちに気づけて良かった。
こんな感じで日々頑張ってます![]()
