莫高窟を後にし

西晋壁画墓へGO


ここは西晋から東晋時代(紀元329年)の貴族墓で、

墓内のレンガには当時の市民生活や文化、植物、動物などが描かれている。

写真は当然撮れなかったのだけど

レンガ一個一個に絵が描かれていたり、壁全体に描かれてたり。

状態がすごい良かった。

ほんまにこんなに昔のものなの??と思った。

割と最近発見されたらしい。

↓この中から墓の中に入る。ちなみにミイラとかはなし。

ここは誰もいなくて入り口でちょっと待った。

ちなみにタクシーの運ちゃんが電話したりしてくれた。

おまけに、ここの管理者のおばちゃんは中国語しかできないので

あたりまえっちゃーあたりまえだけど

あたしに中国語ができるならちぃに通訳してあげてといってくれて

結構気遣いがあるなぁって思った。

あたしはできるかどきどきだったけど。歴史とかの中国語って更にムズイ。

↑単に中国語のレベルの問題っていう話もあるけど。


その後はまた街に戻って昼ごはんを食べてから

玉門関へ行った。

天気よさそうに見えるけどすげー寒い。

漢代の古代関所跡なり☆

漢代ではシルクロードで重要な関所だったらしい。

現在の玉門関は小方盤城とよばれていて、

高さ10mの四角い城壁が残るのみ。


玉門関のそばには

2000年間ここで風雪に耐えた漢代長城が残っている。

土壌なのにこんなに残ってるもんやねんなぁって

すげー!北京の綺麗すぎる長城も悪くはないけど

修復された感がおしいね。

けど漢代長城もそうとうすごいよ。

よく見てみるとやっぱりわらが混じっていた↓



玉門関より西に約20kmのところには

大方盤城といわれる河倉城がある。


名前の由来は大きな河に面した城塞だったと思われる。

現在河には水がなくなり河床があるのみやった。


結構残っていた。高さも結構高い。

城塞の壁が崩れているところに登ったりしてみた。

形が割りとしっかりのここっているところを高いところから撮影。

ちなみに玉門関は市街地から西北75km。

ゴビ砂漠(ゴビ灘)のど真ん中を走ってここまでたどり着いた。

観光もさらさらの地面じゃないから歩きやすかった。

またもや貸しきり状態で冬季値段のためチケットも安かった。


市街からここをつなぐ道は本当に何もなくてただただゴビ砂漠のみ。

夏の暑い日なんかは蜃気楼も見えちゃったりするらしい。


やっと第9日目の観光終了~