知人の家を所要で訪問したところ子供さんがインフルエンザらしき風邪で寝込んでいるとのこと、「熱さまシートのパッケージと同じ顔してる」などと笑ってたが気が気じゃない様子だ。

”インフルエンザらしき”とはどういうことかと聞くと、検査結果は陰性だが症状がインフルエンザ、しかしインフルエンザの特効薬リレンザを服用しているがもうひとつ効果が見えにくいとのこと。結局のところその医師がいつも正確とは思えないのが疑心暗鬼になっているとのこと。

他の医院で見てもらえばどうかというと、どこも似たり寄ったりで自分の第一印象で病状をごり押しするなどもっとひどい医師もいる、総合病院は若手やインターンが出てきてとても安心できない、小児科の場合は病状に個人差が大きく診察が難しいらしい、などなど、まさに問題山積だ。

実際のところは親が過剰に心配してしまうところはあるだろうが、人のいい友人がここまでの医療不信を感じているとは驚いた。

聞いてみると信用できる医師もいるが皮膚科の先生であるとのこと、熱が出て小児科の医院に行ったがまったく薬が効かず、併発していた足指のただれをその先生に診せたところ皮膚科と直結しないヘルペスの診断で、もらった薬で一撃で治ったことがあったとのこと。

医師の先生方の仕事は困難なものとは思うがやはり絶間ない研鑽をお願いしたいところだ。


上記のような状況が原因かどうかわからないが、開業医の中でいつも込み合っているところと、がらがらのところの格差が次第に広がっているように思える。

昔はお年寄りが近所付き合いの一環で医院に通っている面も確かにあり、医院はどこもお年寄りで込み合っていた。それが医療費の自己負担率が次第に上がり不要な通院をする人は消滅、評判の芳しくない医院はがらがらになるという構図だ。


不思議なのは一日に10人も来ないのではないかと思われるようなところでも数名の看護師、事務員をかかえて営業が成り立っていることである。いったい客単価はいくらなのだろう?

一方で人気の医院は順番待ちの患者を捌くのに昼休みや休診時間後も延々診察が続いている。開業医ならまだそれでも自身の実入りになるのだからいいが、総合病院では特定の診療科目で医師が不足し婦人科や小児科で診療時間が確保できないところが出たり、テレビドラマでも取り上げられたが救急病院の機能が低下し瀕死の患者がたらいまわしにされている。


病院・医院の収入は患者が支払う医療費以上に健康保険から支払われる医療費が多くを占めている。現在の状況は明らかにこの健康保険の運用がおかしいことに起因する。


医師に過重な労働を求めたり無制限に能力を要求するべきとは思わないが、あまりに不人気な医療機関は経営が圧迫される程度には患者一人当たりの支払い額を減らす方向で調節すべきではないだろうか。

ハードに仕事をしないでも、仕事に関して自己の能力を高めないでも、そこそこ裕福になれるとなれば、誰が熱心に医療技術を研究するだろう。誰が社会のために困難の多い職種につくだろう。


さらには社会的使命を考えると開業医が総合病院の勤務医より格段に収入が多いというのも、受診する側からすれば納得しがたいところである。

もっと開業医は経営しにくい環境にして経営リスクを乗り越えた先に大きな報酬が得られる形にするべきだ。逆に社会的要請のある科目や当直勤務している要員に対して大きな報酬が与えられるような健康保険財源の分配を考えるべきだと思う。同じ手術をしても何日も前に予約していた患者と夜中に突然運ばれてきた患者では値段が違って当たり前だ。(患者の負担額を変えるべきとは思わない)


最近総合病院にいきなり行くと地域の医院の紹介状が必要だと断られる。何も言わないところもあるようなので全国的なのかわからないが、厚生労働省の指導で地域の医院と総合病院が連携して病院の能力不足を補い、地域のかかりつけ医の育成に取り組むとのこと。

本当の目的は他にもいろいろあるのかもしれないが、地域の医院と総合病院の連携なんて必要なんだろうか。

地域の医院と総合病院は競争して能力の向上に励めばいいのではないか、もっと言えば総合病院は開業医を駆逐してその能力を増強すればいいのではないか、地域性や人間関係の構築はそこで開業しなくても病院の医師の数を増やして救急車や送迎車両でも運行すれば補償されることである。

そのなかで生き残る開業医の先生なら多少の割増料金でも全国から患者が集まると思うがいかがだろう。

民主党は公約の一つとして高速道路料金の無料化を約束して総選挙に勝利し、現在その方向で進めているとのこと。この件について会計上の問題が大きいか小さいかが主な争点として議論されている。
そこのところについては是非をいう材料をあまり持っておらず議論の行方を見守っているが、もうひとつこの政策が地球環境保護に逆行するとして反対する意見も根強いようだ。


確かに現在の料金割引の結果としても交通量の増大ははっきり表れており、無料となった場合さらなる長距離移動の増加につながるのは間違いないところであろう。当然、二酸化炭素や有害排気ガスの排出量も増大するのは避けられない。
しかしながら推進派は元々高速道路の料金徴収は環境対策と何の関係もなく、そのために高速道路を利用する自動車運転者のみに負担を求めるのは筋違いとの主張を行っており、わたしもこの点は同感である。
ちなみにガソリン税などの暫定税率を是正しようという政策についても同じ構図が当てはまる。


理論的には地球環境保護のために現行の制度を維持するのは適切ではないのは明白だが、現実的に地球環境保護の政策目標に打撃になるのも間違いない、という矛盾に直面しているわけだが、やはりできるだけ多くの人々が納得できる制度を提示し妥協しながら作っていくのが政治とすれば、時間はかかるだろうが温室効果ガスの排出源に直接に政策的に課税するのが正論だと考える。


燃料代、電力料金などが全面的に大幅に値上がる(ガソリン税などが廃止されればそれほどの衝撃はないかもしれないが)事態は大衆にはすぐに受け入れられるものではないと思うが、人により程度の差はあれ地球温暖化阻止の重要性は国民的合意ができていると思われ、粘り強く説明すればあくまで拒否する(気持ちを表明する)ということは一般人にはなかなかできないと思われる。


国際競争力の問題は残るがこの分野で日本が世界を引っ張るというからには、先進国間で一斉に政策課税を行うなどの行動を取りまとめたり、少々競争力が低下しても歯を食いしばって国際市場で戦っていくことが必要だと考えるがどうだろう。


少数意見とは思うが、実は誰もがそれしかないと思っているのではないかとも思う。

JAL日本航空が経営難に陥っており年末に向けて運転資金の不足による経営破綻が心配されるとのこと、政府が再建計画を出させた上での資金援助を明言しており、現実の破綻は回避されるものと思われるが、経営再建は前途多難だ。


ここに至るには一口には言えない様々な原因があると思われ、一般市民からもブログなどを通じて様々な再建策が定義されている。


例えばこんな意見


その中で論点のひとつとして、地方空港への赤字路線乗り入れと、裏表の関係にあるドル箱路線での割高料金の問題をクローズアップしてみたい。


JAL、ANAとも地方空港への乗り入れが赤字となっているにも拘らず半ば国土交通省から強制されて運行していると聞く。この経費が大きく経営を圧迫しているというのだ。負担を軽くするためこれらの路線を縮小、廃止する方向が出てくるのは間違いないが、それでは都心部と地方の格差が広がる、地方切捨てだ、などの意見も出てくる。難しい問題だ。


何も空路がなくても高速道路や鉄道があるではないかという見方もあるが、それらの交通手段も同様に損失を膨らませながら運用されている場合がほとんどだ。むしろ空港は建設などは比較的安上がりではないだろうか。

そこで提議したい。


JALの再建に直接結びつくことではないが、全国のすべての空港について国内線を対象に利用旅客者数に応じて金額を決めて一便あたりの補助金を支出してはどうだろう。金額は旅客者数が少ないほど多額になるが最低限の能力の航空機(といってもセスナとかは話にならないが)の運用経費を超えない範囲に設定する。各空港の実情に応じた搭乗率でお客さんを集めると黒字になるような設定にすればその路線に適正な便数で運行できた場合は収益が出る、仮に競合があっても営業努力が促進されて周辺事業も成長する可能性が生まれる。一機の運用経費を超えない範囲の支出なら補助金目当てにやみくもに便数を増やすことはできない。


つまり健康保険の薬価基準みたいな感じだが利用旅客者数を元に客観的に算出されるので利権性も薄まるのではないだろうか。問題は全国的に適用した場合どれだけの費用がかかるのか、わたしは算出していないのだが。