「・・・怖いものねぇ、そりゃ、あるさ。」
ギイは空になったグラスに氷を放り込む。
カラン、と音を立てて氷がグラスにぶつかった。
そこに焼酎を注ぎながらのまさかの返事だった。
「は?嘘だろ。」
予想外の台詞につい反論してしまう。
彼の弱味なんて想像もつかない。
「知りたいか?」
食いぎみの奏太の反応に、ギイが再びニヤリと笑った。
憎き恋敵にまんまと初恋を奪われ、その上ソイツは家族になってしまった。
更に言えばソイツは嫌味な程に高スペック過ぎて対抗どころか反抗もままならない。
掌の上で転がされてる自覚がはっきりとある奏太だ。
ここで弱味のひとつでも握れたなら・・・そんな気持ちがでてしまったのかもしれない。
だが。
その完璧な美貌でニヤリと笑われたら―――
ムカつく!
「別にー。どうでもいいし。」
つい意地をはってしまった奏太に、ギイがくっくっ、と肩を揺らして笑った。
「そういうとこ、託生そっくり。」
―――確かに、章三くんにも言われるけどさ。
ひとしきり笑ったあとのギイの言葉。
「俺の怖いものは・・・託生だよ。」
深い響き。
まるで噛み締めるような。
「誰かに奪われたりしないか・・・そんな心配ばかりしてる。」
グラスを傾けつつ自嘲気味に笑ったギイに奏太は不本意ながらも共感した。
「とうさん、無防備過ぎるし。人を疑うこともないしな。見てて心配になる。で、つい、世話焼きすぎちまうんだよな。それで怒らせたり。」
奏太の口を突いて出た言葉に、ギイはくくくっ、と笑う。
「おまえもか。」
その貌は楽しそうだ。
「とうさんには秘密で色々やってんだろ?」
「人聞きが悪いな・・・けど、否定はしない。」
この際だ、とばかりに尋ねてきた奏太に。
ギイは肩を竦めてみせた。
事実、あの結婚の発表からして奏太の言うところの"色々やってる"の一環だった。
託生との仲を公表することで託生の仕事に影響が出るかもしれない、そんなことは当然考えた。
その上で二人で出した結論ではある。
だが、そう仕向けたのはギイだ。
世界に向けて公明正大に叫びたかった。
こいつは俺のものだ、と。
そうでないと、とてもやっていけない。
心配過ぎて。
誰にも奪われないように。
心の平穏のために。
ギイの切実な事情からの公表だった。
勿論、これだけで安心は出来ない。
本当なら四六時中一緒に居たいギイであるが、互いに仕事があるのでそれは出来ない。
特に、託生が演奏旅行に出てしまう時にはギイの不安は最大限のものとなる。
ギイは過去から今現在にかけて多くのことを学んだ。
託生と過ごす時、ギイの世界は優しさに包まれて柔らかく美しく流れていくけれども。
世界は決して優しいだけではない。
時に非情で、時に残酷だ。
そして時の流れは巻き戻すことは出来ない。
何者にも。
絶対に。
悲しいけれども、世界は悪意に満ちている。
それがギイの見てきた世界。
もしも。
もしも、世界のどこかで誰かの悪意が託生に向けられたなら?
考えたくもないことだ。
けれども、だからと言って考えずにいた結果、託生を失うことになってしまったら?
ギイは自分を二度と許せないだろう。
過去の経験がギイを臆病にさせた。