「ギイ、だ。」
ブランデー入りホットミルクをこくり、と飲んで。
託生が口を開いたところに訂正の一言を割り込ませる。
「・・・・ぎ、ギイっ。」
「ん。良く言えました。で?なに?」
託生の頭をよしよしと撫でて訊き返せば、託生が俯いてしまった。
・・・怒らせてしまったか?
表情が見えなくて一瞬慌てたが。
サラリと滑った黒髪の隙間から覗く耳の端が真っ赤になっていて。
・・・・こんな態度を取られるとこっちまで照れちまうじゃないか。
「っ、ギイっ、はっ、・・・いつもこんな遅くまで仕事してんの?」
ギイ、の部分に不自然なアクセントが入ってはいるが。
何とか口にされた託生の質問に。
―――もしかして、託生も俺のことを?!
という淡い期待は空振りと知る。
・・・いや、まあ、そうだよな。
そんな都合のいいこと、ない、ない。
俺は内心溜め息を吐きながらも託生の質問に答えた。
「ん~。っていうか、今日は俺、本当は休日なんだよな。休日出勤ってやつ。」
「えっ、そうなんだ。初めて会ったときも日曜だったから、てっきり。・・・でも、休日出勤でこんな遅くまで?」
素直に大変なんだね、という目で見詰められて。
俺は正直に打ち明けることにした。
「いや、今日は映画見てヒマ潰してた。なんとなくこの時間なら託生に会える気がして、さ。」
「・・・・僕のため?」
「だから言っただろっ、心配してたって。」
大きな黒い瞳が見開かれて、揺れる光景に。
俺はまたまた言い訳した。
いや、それも本当だけど。
本当の本当は・・・会いたかった。
ただそれだけ。
だけど。
そんなことを託生に言ってしまったら、どうなる?
気持ち悪がられてもう二度と会いに来なくなってしまうかもしれない。
言えない。
・・・まだ、言えない。
「・・・本当はさ、」
ホットミルクをまた一口飲んで。
託生がぽつりと呟いた。
「何度か来たんだ、ここに。・・・傘、返そうと。けど、部屋まで訪ねていく勇気がなくて。」
「勇気って、大袈裟だな。」
俺は託生のセリフについ、笑ってしまう。
「そうやって笑うけど!僕にとっては・・・。」
言い掛けた言葉を飲み込んでしまった託生に。
俺はそっと掌を伸ばして彼の頭を撫でる。
「悪かった。」
託生は小さく首を振った。
「僕こそ、ごめん。・・・そうだよね。借りた傘を返すだけなのに、変な話だよね。ごめん、忘れて。」
そう言う託生の声は苦しげで。
あの哀しげな貌をしていた。
―――託生には、きっと、触れられたくない何かがある。
その何かが託生にこんな貌をさせるのだ。
「・・・今度はここまで来れるよな?部屋番号、覚えただろ?」
俺の言葉に、託生が黒い瞳で見詰め返してくる。
「・・・・また来てもいいの?」
「ああ、いつでもどうぞ。」
俺の返事を聞いて。
託生は小さく笑った。
その笑みが、まるで掌の中の白い雪のように儚くて。
―――守ってやりたい。
そう思った。